愛の対義語

□才能
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彼の美しく流れる髪が好きだった。
整ったその容姿を好んだ。
ぐだぐだと語り続ける自慢話も、彼の声が空気を振るわせるなら幾らでも聞いていられた。

自信に溢れる立ち姿も、実力に見合うほどの影での努力も、すべてを理解しているわけではないけれど、それでもすべてを知ってゆきたいと切に願う。

わたしは彼が、好きだった。



「ん…。」



さあさあと雨の降っている夜だ。

もともと雨はあまり好きではなくて、ぼんやりと教室から誰も居ない校庭を眺めて溜め息をつき、早々に床に入ったのを曖昧に思い出す。
そっと触れ、なんどもなんども降り続ける頬やらの柔らかい感触に、瞼を上げれば整った容姿がまた降ってくる。

ああ結われていない彼の髪のなんと美しいこと。



「滝夜叉丸。」

「…。」

「どうしたの?」



こんな夜更けに。

言えばまた何も言葉を発しもせずに、布団に入ったままのわたしの手をとりまたそこに唇を寄せた彼にふと笑う。

おいで。とその手を引けば、その体はなんの抵抗も見せないままに掛け布団の上に崩れ落ち、彼の体の重さ分だけ重力によってつっぱる感触が肌に伝わる。

ぎゅうとその華奢なのか逞しいのか分からない肩を抱き寄せて見れば、それ以上の力で彼もわたしの首元に腕を回してきた。

こんなにも力強いのに、どこか儚げに見えたのはきっと雨のせいだろう。



「実習はどうだった?」



ビクリと、その体が密かに強張ったことに気付かない振りをしてやることは出来なかった。

胸の所に押し付けてくるように顔を下げてしまっている彼の、普段の強気な態度はどこへいったのやら。


人を傷つけてしまったのだろうか。ああ、彼は優しい。

誰かが怪我でもしただろうか。ああ、彼は友の大切さを知っている。

人を、殺めてしまったのだろうか。
ああ、どうしてこう世界の生き辛いこと。



「わたしは滝夜叉丸を助けてやれないよ?」

「知っています。」

「慰めてやることも、一緒に泣いてやることもできやしないよ?」

「…それも、」



知っています。と、言った彼の声は震えることをしなかった。

外はしんと静まり返り、先程まで降っていたであろう雨音すら聞こえず風もないのか物音一つ鼓膜を揺らさない。

ただそこにある二人分の存在する感覚だけが、暗闇のこの空間に心地が良い。



「ただ…あなたの心音を聞きたかった。」



そう言って、また抱き返してくる彼の髪を一房掬い口を寄せればなんとも言えない甘い匂いが鼻腔を掠めた。

こんなにも彼は生きているのに。
こんなにもわたしは生きているのに。

そう思いながらごそごそと布団の中にもぐりこんで来た滝夜叉丸の体を抱き寄せながら瞳を閉じる、また日が昇るのを二人で見れたらそれだけでいい。

そうだ、きっと生きることに支障はない。





共存の
この体温が彼を生かす。
わたしを生かす。





≫090206
才能【さいのう】
物事をうまくなしとげるすぐれた能力。技術・学問・芸能などについての素質や能力。

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