01/17の日記
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束縛について
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今日は、なぜ束縛をする人がふられる事が多いのか、その原因を考えてみたいと思います。
それにはまず、愛というものがなんなのか、もっと言えば人はどんなときに愛情を感じるか。
これを知ることが近道だと思います。
もっとも身近な愛。それは間違いなく親子の愛だと思います。
例えば小さい頃スパルタ教育でとても厳しい親に育てられた場合、大人になってからその親を心底憎む場合と、大人になってから感謝する場合とがあります。
この差はどこにあるのか?
私はその差こそが愛なのではないかと思います。
一方の親は自分の思い通りに行かないいらだち、言う事を聞かせたいという一方的な思いでスパルタな教育をしたとします。
そのときそのスパルタな行為は誰のためにあるものなのでしょうか?
考えるまでもなくその親の行為は自分のためのものでしょう。
しかしもう片方の親は、こういう人間になってほしいという願いをこめて、心を鬼にして厳しい教育をしていたとします。
どちらもしている事は違いますが、成長していくにしたがって間違いなく子供の受け取り方は変わっていくと思います。
つまりおなじ行為でも愛からしているのか、不安、怒りという感情からしているのかで相手の受け取り方はまったく違うものになってくるという事です。
長くなってきたので続きはまた明日書きましょう。おやすみなさい。
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