Short Novel
□さよならの種
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【小さな芽】
和樹が転校するなんて聞いてなかった。と言うか、家族から黙っているように言われていたと後から聞く。和樹は幼稚園からの友達で、小学校三年に上がってからは毎日のように遊び、お互いが互いの事を一番良く知る仲になっていた。
しかし別れは僕の知らない内に、刻一刻と近付いていた。
「和くん、あと一ヶ月だってね」
うん、と夏の暑さに縁側でうなだれていた僕に母が言った。
「どうしたの。やけに元気ないわね?」
「だって、和樹のやつ転校の事黙ってたんだ」
その僕の小さな悩みに母はクスッと笑った。
「仕方ないでしょ。和くん、お父さんからギリギリまで言うなって言われてたんだから」
洗濯物を取り込みながら言った。
当時、まだ小学五年だった僕にとって、大人の事情など勝手な都合にしか思わなかった。
サンサンと射す太陽の眩しさに目を閉じ、何もない贅沢な時間を過ごしていた。
「なぁに、眠てんだよ」
その声に目を開けると、植木鉢を抱えた和樹が立っていた。
「いつから居たんだ?」
「さっきから。何、折角の夏休みに勿体ないことしてんだよ」
「夏休みだからだよ。で、和樹は何持ってんの?」
「向日葵の種の入った植木鉢。農園やってるおじさんから貰ったんだ」
「ふーん。それを、何でここへ?」
縁側の隅、日当たりの良い所に植木鉢を置きながら和樹は答えた。
「自由研究、お前どうせ何しようか決めてないんだろ? 毎回俺に頼って来るんだから。だから向日葵の成長でも観察しようかなって」
「普通朝顔じゃね?」
「文句言うなら持って帰る」
「いや、待て」
確かに自由研究は何も決まっていなかったが、それより僕は和樹に疑問を抱いていた。
「それより、和樹。引っ越しの準備はしなくていいのかよ」
「父さんがさ、最後になるから思う存分遊んで来いって」
そうなんだ、と鉢植えの中の小さな芽を眺めながら続けた。
「咲くかな?」
「咲かせるんだよ」
無邪気に笑っている和樹の顔が、今でも焼き付いていた。
向日葵の芽は、夏の太陽の栄養を受けすくすくと天へと伸び、花を咲かすまであと一息。
しかし向日葵が育つと同時に、和樹との別れも近付いていた。今日も和樹は僕の家へ足を運んでいた。
「もう少しだな」
「うん」
用紙に今日分の記録を取ると、しばらく向日葵を眺めていた。ふと和樹に目を移すといつもの元気が無かった。それは後一週間で離れ離れになるからだろうと、僕は思っていた。
しかし、それだけではない理由があった。
「なぁ剛史……。後、ちゃんと向日葵育てて自由研究完成させろよな」
「何、言ってんだよ。あと一週間もあるんだぜ」
一瞬、吐きかけた言葉を押し込んだ和樹だったが、真っ直ぐな目で僕を見た。
「もう明日からは来れない」
「どうして!?」
その突然の報告に、僕は抑え切れない感情をあらわにした。
「今、住んでる家にはもう戻れない。荷物はもう送った。明日から一週間は空港近くのホテルでの生活なんだ。だからもう会えない……」
「なんだよ、それ! 急過ぎるだろ!」
「仕方ないだろ!」
別れたくないのは和樹も同じ。その証拠に和樹の目には涙が溜まっていた。
「俺だって急に聞かされたんだから……。本当は……剛史と一緒に咲いた向日葵見たかった」
恥ずかしいと思っていた。一生会えなくなるワケでもないのに、涙を見せるなんて。でも、沸き上がる感情は抑え切れなかった。二人は大粒の涙を流し、最後の日を過ごした。
【実り】
数ヶ月後−。
和樹から手紙が届いた。
『年賀状書くぐらいしかしたことないから手紙なんて何を書いていいかわからないな。取り合えず、一言お礼が言いたかった。
空港まで見送り来てくれてありがとな。もう会えないと思ってたから無茶苦茶嬉しかったぜ。
それと、向日葵ちゃんと咲いたんだな。
剛史が俺のポケットに無理矢理入れてきた向日葵の種がその証だよな。
つーか、何が“さよならの種だ”だよ。バーカ。
それじゃ、またな!!』
そっと手紙を閉じると、文面からも分かる和樹らしさに、そっと一人微笑んだ。
【咲く】
それから十五年。
僕は、向日葵に埋め尽くされた農園に立っていた。
「あの数少ない種から、これだけ広げるの大変だったんだぞ」
その声に振り返ると、あの頃と変わらぬ無邪気な笑顔を見せる和樹の姿があった。
「まだ自由研究続けさせる気かよ」
その笑顔に答えるように、僕も微笑み返す。吹く風に揺れる向日葵を眺めながら聞いた。
「あれ、お前が考えたのか?」
照れ臭そうに頷く和樹に、こちらも照れ臭くなるのを堪えた。
「ったく……。バーカ」
その指差す先。
一枚のプレートが刺さっていた。
そこに書かれていた言葉。
“再会の向日葵”
「再会があるから、さよならがあるんだろ?」
「まぁな……」
太陽に向かって育った、無数の向日葵。
まるで、二人の再会を喜び合うかの様に……盛大に花を咲かせていた。
†おわり†