お題消化記念リク
□ strategy
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茂野は正真正銘、どっからどう見ても見間違える事なく、千人に問えば千人が口を揃えるくらい分かりやすい、天然の野球バカだ。
実際、野球以外の存在を認識しているのかと疑いたくなってしまう程、茂野の目には野球だけしか映っていない。
その為茂野は、それ以外の事に関して、超が付く程疎くて鈍い。
オレの愛しの薫ちゃんにあんなに健気に想われているのに、それに気付きもしやがらねぇ。
薫ちゃんの表情が曇る度、茂野のバカに気付いてやれよと思う反面、気付かれたら困るのはオレだったりするから、本当に複雑だ。
ならば、茂野の気持ちだけでも試してみようと思い立ち。
オレはタイミングよく、あいつを試すにはこれ以上なく、そして、オレの繊細な心を傷付けるには十分すぎる情報を入手した。
部活も終わり、着替えを済ませたオレと茂野は、校門へと歩いていた。
これからオレは、作戦を決行する。
オレは怪しまれないよう慎重に、それでも敢えて普段通りを装って、隣を歩く茂野に何げなく話し掛けた。
「そういや、田代が昨日、本屋で薫ちゃんを見掛けたって言ってたなぁ」
「へー」
返って来たのは、大して興味なさげな気のない返事。
「何でも田代の奴、欲しい本がなかなか手に入らねぇから、わざわざ駅前の本屋まで行ったらしくてよ」
「おい、どんなすげぇエロ本だよ、そりゃ」
それまでとは一転、喜々として話に飛び付く茂野の低レベルな短絡思考に、オレはがっくりと肩を落とす。
お前、食いつくところが違うだろ。
気を取り直し、呼吸を調えひそかに気を引き締める。
まだまだ話はこっからだ。
「他校の男と一緒だったらしいぜ?」
「ほー」
茂野の些細な変化も見逃さないよう、細心の注意を払ってみたものの、全く変化は表れない。
オレは何故だか苛立ちながら、とどめとばかりに口を開いた。
「何かいい雰囲気だったらしいぜ?背の高い男だって言ってたなぁ」
茂野の眉が僅かに上がる。
何やら考え込むような茂野の姿に、オレの心はまたも複雑に揺れた。
良かったね、薫ちゃん。
本田は無関心じゃいられなかったみたいだよ。
自分の首を自分で絞めて、泣きたい気持ちを抑えつつ、それでもそんな台詞が浮かぶなんて、オレってなんていい奴なんだ。
オレが一人陶酔していると。
「ま、そりゃ良かったじゃねぇかよ、清水の奴、ついに春到来か?」
ニヤニヤと笑いながら、茂野はオレの肩をぽんぽんと数回叩いた。
それはまるで、オレを励ますかのように。
「そうじゃねぇだろっ」
オレが思わず心の叫びを口にした、その時。
オレの視界にあろう事か、大きな目を瞬かせる薫ちゃんの姿が入った。
「薫ちゃん…」
今の茂野の台詞を聞かれてしまったんだろうか。
あの顔は、傷付いてる顔だ。
オレは不用意にこんな話を持ち掛けた自分を悔やみながら、掛ける声も見つからずに、一人困り果てる。
すると。
「よう、清水」
なんと茂野はありえない事に、何の気遣いをするでもなく、そんな薫ちゃんにいつもと変わらず声を掛けた。
「お前、昨日男と一緒だったんだって?」
茂野の余りにもストレートな問い掛けに、オレは目ん玉が落ちそうな程に目を見開く。
茂野自身、実はその事を気にしていたのか、それとも単なるバカなのか。
オレは理解に苦しみながら、茂野がこれ以上余計な事を言い出さないか、気が気じゃない。
「昨日?ああ、本屋で山根に会ったよ。後から小森も来たけどな。春じゃなくて悪かったな」
「山根かぁ、デカい男っつーから小森じゃねぇなと思って悩んじまったよ」
二人の口から次々飛び出す知らない名前。
オレは話に割り込むタイミングをすっかり逃してしまった。
つか、さっき茂野が顔色を変えたのは、そのせいかよ。
「元気にしてたか?あいつら」
「うん、日焼けして真っ黒だった。頑張ってるみたいだったよ」
ポツンと置き去りにされ、並んで歩く二人の後ろ姿を眺めながら、だんだん悲しくなってくる。
茂野が例え薫ちゃんを意識していなくとも、オレより薫ちゃんをよっぽど理解している事実。
薫ちゃんが誰に会っていたかくらい、茂野には分かってしまう。
オレはその話を聞いて泡食ったって言うのに。
「そう言えば。何であたしが昨日山根達に会った事、知ってんだよ?」
ふと、薫ちゃんは尤もな疑問を口にしながら茂野を見上げた。
「田代もその本屋にいたんだってよ」
「ふーん、声掛けてくれれば良かったのにね」
口元に笑みを浮かべた薫ちゃんに、もうさっきの悲しげな顔はない。
「結局、本田の話ばっかしてたよ。楽しかったけど」
「何でオレの話なんだよ?でもあいつらに負けてらんねぇな」
この二人が共有していて、オレが知らない時間が多すぎる。
何とも言えない不公平感と疎外感。
オレは一人肩を落とす。
恋愛感情うんぬん以前に、最早この状況に傷付いているオレは、今まで結局、何をやってたんだろう。
作戦は失敗に終わった。
この二人が築いてきた歴史を前に、入り込む隙がない。
それは、そこらの半端な恋人同士よりも強靭な絆。
まざまざと見せ付けられて、またも失恋モード。
季節感なく一人木枯らしにでも吹かれている気分だ。
「あたし今からバッティング行くけど、本田も行く?」
「ああ、別にいいぜ?」
傷心のオレに追い撃ちをかけるような目の前の会話に目眩がする。
ところが。
「藤井も一緒に行こうよ」
突然振り向いた薫ちゃんが、何とも愛くるしい笑顔を、オレだけの為に見せるから。
「い、行く、行きます!!薫ちゃんのお誘いなら喜んで!!」
懲りないオレは、満面の笑みで即答する。
そして、堂々巡り。
抜け出せる方法を、誰か教えて。
-end-