短編集

□ホシノヒカリ
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 その日、鋼とひかるは町外れにある丘の上で不思議なものを見た。
「わぁ、雪だぁ」
 八月の中旬。茜色に染まった空から降る、季節外れの雪。
「でもおにいちゃん。ゆきってふゆにふるものじゃないの?」
「きっと夏にふりたくなったんだよ」
 幼い鋼とひかるは、その幻想的な光景を素直にきれいだと思った。

* * *

「なぁ鋼。早くやってくれよ」
「まぁそう慌てるなって」
 放課後を迎えた学校。生徒が帰り終えた教室の中で、その『ショー』は行われていた。
 一つの机に寄り添い見つめる数人の生徒。その視線の先には一本のスプーン。
「全員、このスプーンが何の変哲もないスプーンだということは確認しましたね?」
 机を挟んだ反対側に一人立つ少年――大乃 鋼が全員に呼び掛ける。その声に、生徒達は首を縦に振った。
「では……」
 鋼は一度大きく息を吸い、スプーンに手をかざし意識を集中する。
 全員がその様子を一瞬でも見逃すまいとじっと見つめる。
 数秒の間を置き、スプーンがカタカタと小刻みに震えだした。そして、
「いきます」
 鋼の言葉に続くように、スプーンは真ん中からいとも簡単に折れ曲がってしまった。
 瞬間、生徒達はどよめき始める。
「まだ終わりじゃありませんよ?」
 鋼はその様子を楽しそうに観察しながら、更にもう一つ技を見せる。
 今度は折れ曲がり重なった部分から曲がり始め、最後には四つ折りになってしまった。
「すごーい!」
「ねぇねぇ、何でこんなことできるの?」
「これ、本当にマジックなのか!?」
 ショーが終わったことを知ると、どよめきは歓声になり生徒達は鋼に真相を確かめようと言い寄ってくる。
「悪いけど、タネ明かしはしない主義なんだ。せっかくの驚きが勿体なくなっちゃうからね」
 鋼は質問攻めを軽くかわすと、いつもカバンの中にしまってある箱を取り出した。
「それじゃ、約束通り五百円にすごいと思った分だけ金額を足して入れてね」
 人気になりだした頃から始めた集金制度。これがこのショーを開く目的だ。
 生徒達は箱の中にお金を入れると、教室から出ていく。最後の一人が出たときには箱の中は結構な量の小銭と札が貯まっていた。
「これで買えるかな……」
 今まで欲しかったものを思い浮かべ、今日の収入を財布へと入れ替える。
「……」
 片付けをする鋼の目に、今日のマジックで使用したスプーンが映る。
 生徒達の目の前で披露したマジック。それは、文字通り『タネもしかけもない』ものだった。
 五年前の夏、町外れにある岡の上で見た季節外れの雪。あの日から鋼は世間で言う『超能力』を使えるようになった。

 彼にとって、一番大切なものを引き換えに。

* * *

「ひかる、入るよ」
 ノックをし、鋼はボード部分に「大乃 ひかる」と書かれている白い引き戸を開けた。
 中は六畳ほどの部屋にぬいぐるみや生け花が所狭しと置かれている病室だった。
「あ、お兄ちゃん」
 鋼の声に、病院のベッドで寝ていた少女―-大乃 ひかるは笑顔を見せた。
「今日は少し顔色がいいね。何かいいことでもあった?」
 ベッドの横に備え付けられたイスに腰掛け、鋼はひかるに話しかけた。
「ううん。でも、体の調子はいつもよりはいいよ」
「そっか。それじゃこれからもっと調子が良くなるよ」
 そういって、鋼は手に持っていたバッグを開ける。
「なぁに? またぬいぐるみか何か?」
 その様子を、ひかるは微笑ましく見守る。
「はい、これ」
 ひかるの前に、綺麗に包装紙に包まれた小さな箱が差し出された。
「開けていい?」
 期待に満ちた目で兄からのプレゼントを見つめるひかる。その姿に少し笑いながら鋼はどうぞ、と言った。
 ひかるは包装紙を破らないよう、はやる気持ちを抑えながら封を開けた。
「ペンダント……?」
 中から出てきたのは、パワーストーンのペンダントだった。
「それはムーンストーンって言って、病気から守ってくれる石なんだって」
「きれい……」
 蒼い光を閉じ込めたような神秘的な石の姿に、ひかるは心を奪われていた。
 しかし、ふと思い出したようにはっとなり、
「もぅ、贈り物はいいよって言ってるのに……」
 少し膨れ顔になって鋼の方を見た。
「そんなこと言われてもなぁ……」
 その視線に、鋼は困ったように頭を掻く。
「このままじゃ部屋に入りきらなくなっちゃうよ。お兄ちゃん見舞いに来るたんびにプレゼント持ってくるんだもん」
「う……確かに……」
 ひかるの言う通り部屋には今まで鋼がマジックショーの稼ぎで購入したプレゼントが大量に置かれている。そこを突っ込まれてしまっては鋼は何も言い返すことができない。
「だから、今度からは何も持ってこなくていいからね? せっかくバイトで稼いだお金なんだから、自分のために使ってよ」
 鋼はひかるにショーのことを伝えていなかった。プレゼントをする名目上バイトという形で家族には稼ぎの出所を伝えてある。
「あ、ああ……」
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