短編集

□ネガイ
1ページ/5ページ

「ふふっ……」
 買い物を済ませ、俺は上機嫌で帰路に着いた。
 手には小さな箱。その中には前々から彼女――――小柳美沙が欲しがっていた指輪が入っている。彼女はここの繁華街を通る度、店のショーケースに飾られているこのペアリングに目を奪われていた。
 誕生日が近付いてきたこともあり、バイト代を奮発して、今日彼女へのプレゼントとして買ったわけだ。
「これ見たらどんな顔するかなぁ」
 指輪を渡された時の美沙を想像する。それを考えるだけで頬が緩んでしまう。
 美沙が俺――――田崎昇にとっての大切な人になって既に半年。最初はぎこちなかった交際も、今では周りにバカップルと称されるほど円滑になっていた。
(今後の予定としては更なるバカップルに発展――――)
 しようかなどと考えて歩いていた、その時だった。
 自分のすぐ傍から急ブレーキ音。
「え?」
 音のする方へ顔を向けようとした刹那、体が宙に、浮いた。



「――――え?」
 突然、視界が変わった。さっきまで繁華街を歩いていたはずの俺は、気づいたときには全く見たことのない場所に立っていた。
「何で俺、こんな所に……」
 辺りを見渡すが、人の姿はおろか建物すら見当たらない。あるものと言えば足元を覆っている霧程度だ。
「どうにか帰り道を探さないと……そうだ、ケータイ」
 慌ててケータイを取り出す。ナビで検索すればどうにか帰れるんじゃないかと踏んだからだ。
 しかし、開いてもケータイの画面には何も表示されない。
「くそっ、こんな時に限って!」
 完全に電池切れしている。
「ちくしょう、どうすりゃいいんだよ……こんなとこから帰れんのか?」
 自分の中の唯一の手掛かりをなくし途方に暮れていた、その時だった。
「田崎昇……だな?」
 一人の男が傍に立っていた。
 大柄な体格に黒いローブのようなものを纏い不精髭を生やしたその男は俺に問いかける。
 いや、同意を求めているといった方が正しい。しかし、俺にとってそんなことはどうでもよかった。
 人がいる。それだけで今まで自分の中で抑えていた混乱は外へと流れた。
「すいません! ここどこですか!? 何か迷い込んじゃったみたいで――――そうだ、街……この近くに街ありませんか!?」
 自分でも無我夢中で何を言っているのかわからない。でも、それでも何かしらの手がかりが掴めるならと思い、一心に話しかける。
「……ついて来い」
「え?――――あ、ちょっと!」
 男は質問の全てを無視し、一言だけそういうと俺に背を向け歩き始めた。



「田崎昇をお連れしました」
「うむ」
 男に連れられ辿り着いたその先には、赤銅の肌に黒い長髪、三メートルは優に超えているだろう身長を持つ、もはや人間とは言えない巨人が立っていた。
 突如現れた男の後ろについて歩くこと十分、今まで何もなかった視界に突如城のような建物が現れた。その城の門にはでっかく『閻魔城』と書かれていた。
 今俺の目の前にいるこの巨人がこの城の長、閻魔ということになる。
「田崎昇」
 巨人から俺の名前が発せられる。その瞬間、体が強張る。しかし――――
「こちら側のミスでお前の魂を狩り取ってしまった。謝罪しよう」
「魂を……狩り取った?」
 その強張りは一瞬で解けることとなった。
「そうだ。正確に言えば死んだわけではないが、死んだと思ってもらえればいい。私が死神に渡したリストに誤ってお前の名を書き記してしまった。それにより、本来狩られるはずのないお前の魂が狩られ、ここに連れてこられたというわけだ」
「ちょっと待ってくれ! 死んだって……俺が?」
「そうだ。お前は交通事故に遭い、死んだ」
 突然の宣告に頭が回らない。他人からいきなり『お前は死んだんだ』と言われたのだ。信じられるはずがない。
 俺の心を見透かしたかのように、巨人は「これを見ろ」と一つの水晶玉を手渡した。その中に何か映っている。
「何だよ……これ……」
 病室のベッドで寝ている一人の少年。それを囲むように立っている一人の少女と二人の大人。
 少年の顔には見覚えがあった。それは、朝顔を洗って鏡を見ると出会える人物。
「何で、俺が寝てるんだ……」
 しかも、その近くに立っているのは自分の両親と美沙だ。
「それは下界にあるお前の体だ」
 少しずつ、思い出してきた。確かに俺は美沙の誕生日プレゼントを買った帰り道に……。
「本来なら交通事故の後も魂が体を離れることはなかったのだがな。先も言ったようにこちら側のミスで切り離してしまったのだ」
「じゃあ、俺はもう生き返れないっていうのか?」
「残念ながらな」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ