DARKNESS or LIGHT

□GRASP V<反転-inversion->
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 気づいた時には、既に空は茜色に染まっていた。
 遊びに夢中で時間を忘れていたらしい。
「……」
 ふと、目の前の光景を目に映す。
 それはまるで、空を映した鏡のようだった。この時間だからこその光景ではあるものの、それがさも当然と思えるほどに屋上は茜色に染まっていた。
「ふっ……」
 これを、自分がやった。その事実が甘美となり心を潤していく。
 しかし、一つだけ気になることが残った。
 遊んでいるときに気づいたが、この力……もしかすると吹き飛ばすこと以外にも何かできるかもしれない。
 それは俺の心に新たな潤いをもたらす原液。混ぜ方次第で幾様にも用途を変える潤滑油だ。
 これで俺の考えが正しければ、これからもっと色々なことにこの力が使えるようになる。
 それを思うだけで心が躍る。
 どこで試そうかと思案しながら、俺は幼児のように遊び道具を散らかしたままの屋上を後にした。

     * * *

「へぇ、イギリスから……」
 私の出生を聞いて、前を歩く少女―――嘉川美紗は驚きつつも納得したような、そんな表情を浮かべた。
 数分前、今後の私の立ち回りの方針を聖路郎と話し合い、それが決まった。
 最優先任務は変わらず、イギリスから盗み出されたセマンテリオン・クリスタルの追跡・奪還……封印が解かれていた場合は真邪の発見、及びイギリス本部への連絡。それに含め、副任務としてこの地域一帯の悪魔憑き―――レグナの発見、殲滅が追加された。
 そして今、本部施設内の案内として彼女と共にいる。
「ミサは、私がイギリス人だと気づいていたのですか?」
「い、いえ。祖母がイギリス人なんです。だから何となく雰囲気で」
 その言葉で、先の納得するに足る理由が何かわかった。そして、彼女のような日本人が代行者となっている理由も。
 代行者……聖痕をその身に宿す者たちの中には西洋人が多く含まれる。
 それは聖書の発端がヨーロッパであるからという説が一番確立が高いと言われているが、確証のある答えは一つも出ていない。
 ―――その6割程度を占めている西洋人が血族にいるとなれば、答えは明白だ。
「あなたの祖母も、代行者だったのですね」
「はい……」
 聖痕は受け継がれていく。神に仕える者を減らさぬよう。
「でも、あたしに与えられた力は……とても小さなものだった」
 そう言って、彼女は上半身の礼装を持ち上げ、腰をはだけさせた。その側面には、確かに十字架型痣―――聖痕が在った。
 縦の線で2,3cmほどのそれは、彼女の言葉の通り、聖痕の中では小さいものだ。この程度の大きさだと更生者が限度か。
「それでも嬉しいんですけどね。聖痕を授かったってことに意味があるんですから」
 衣服を降ろした美紗の顔には先ほど声に見えた憂いの表情はなく、むしろ幸せの色が垣間見える。きっと彼女にとって意味のあることとは聖痕の大きさなどではなく、聖痕をその身に宿したという事実なのだろう。
「ええ。あなたは、その生自体に多大な価値がある。それは、誇りに思っていいことだ」
 その空気に当てられたのだろうか。
 私は普段出すことのなくなった表情を―――笑顔を、浮かべていた。

     * * *

「……」
 頭の中で引き寄せるイメージを作り、腕に同じ動作をさせる。その瞬間、今まで目の前で宙に浮いていた空き缶はまるで重力に引かれるかのように俺の手の中へと吸い寄せられた。
 家の前にある雑木林の中。誰も近寄らない暗闇の奥で、俺は力の研究をしていた。
 思った通り、この力には他の能力があった。いや、正確には使い方か。
 こいつは俺のイメージしたものでその能力も変わるらしい。それにより吹き飛ばす以外にも今のように浮かせる、引き寄せるなどの能力が使えることがわかった。
 言ってみれば、こいつは手の延長線だ。そしてその力は本物の何倍もある。
 『見えざる手』。そんな表現がとてもしっくりと来る、人外の力。一般的な言葉を借りれば、超能力。
(だが……)
 手に持っていた空き缶を放り投げる。そして、それに向かって腕を振るった。
 刹那、こちらを向いていた面が不自然に湾曲し、さらに速度を上げて遠くへと吹き飛ばされていった。
(これはそんな子供騙しなんかじゃない)
 そう。これはテレビや舞台で見せるためのものなどではない。そんなちっぽけなものよりも何倍……いや、何十倍も大きな力だ。
(やっと……手にいれた…………)
 いつの日も望んでいた。攻撃される度に何度も欲した。その形が今この手の中にある。
「ふ、ふふ……ははは―――」
 これで、自分を守れる……。
 いや……そんなものじゃ生温い。俺を攻撃してくるやつらは皆殺しにするんだ。
「あはははははははははは!!」
 世界が裏返ったその夜、獣が暗闇から歓喜の雄叫びを上げた。

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