DARKNESS or LIGHT
□GRASP IV<復讐-retaliate->
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教室のドアを開ける。
今日もクラスメイトはいつもと変わらない静寂と侮蔑の眼差しを俺へと贈る。しかし―――
「ふっ……」
今日はその全てが俺への畏怖のように感じられた。
なんとも言えない幸福感。今までにはなかった満たされた心。
それを、俺は手にいれたんだ。
「おはよ、三浦君」
嘉川もいつものように俺に声をかけてくる。
「ああ、おはよう」
普段あんなにぎこちなくしか対応できなかった返答も、今はスムーズだ。まるで、世界が変わったかのよう。いや、変わったのは世界ではなく、俺の方か。
「今日は機嫌いいわね。何かいいことでもあったの?」
そんな俺の変化が気に入ったのか、嘉川もいつもより声のトーンが高い。
「ああ―――」
あったさ。それもとてつもなくいいことが。
「手に入ったんだ……欲しかったものが」
「へぇ、それってどんな―――」
ものなのか、と聞こうとしたのだろう。しかし、嘉川がすべて言い終わる前に、タイミング悪く担任が教室へ入ってきたため質問は中断された。
バツの悪そうな顔をして嘉川は自分の席へと戻って行く。その後姿に、俺は―――
「力さ……」
嘉川には聞こえない大きさで、成し遂げられなかった質問の答えを返した。
昼食を終えた後、俺は昨日と同じ場所へと足を運んだ。
「……なかなかどうして」
ただ何となく思い立ち、出向いただけだというのに、さっそくお目当てのものに出くわした。
昨日の夜からというもの、俺を悦ばせる事ばかりが次々に起こっている気がしてならない。
廃校舎の階段を上がっていく。その度に心は高ぶり急かすように鼓動が速くなる。
早く……早く……。
一段、また一段と歩みを進める。屋上に近付いているという実感に、口元が緩む―――否、歪む。
早く―――早く―――!!
そして階段を上り終えたとき、ドアの向こう側からはまだ笑い声が聞こえていた。これからその心が恐怖に苛まれるとも知らずに。
「あ?」
「おい、あいつ―――」
錆びついたドアが軋みをあげる。その音で振り向いた男子学生たちは、すぐさま俺の存在を認識し、各々に予想外の出来事に動揺交じりの声を上げる。
当たり前だ。昨日まで金を巻き上げ、暴力を与えていた人間が自分からその姿を現したのだ。予想外にも程があるだろう。
だが、それは昨日までの話。今日からは違う。
「何か用か? 三浦ぁ」
リーダー格の茶髪の男子がさも面倒そうに俺へと話しかける。
その余裕綽々の態度に、つい笑いがこぼれる。今からこいつらが辿る末路を知っている俺からすれば、それはあまりにも滑稽なものだった。
「ああ、おまえらにしてもらいたいことがあってね」
「あぁ?」
俺の態度の変わりように、リーダーが気に食わないといった表情で近づいてくる。
「もういっぺん言ってみ―――」
その男の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
全てを言い終えるより前、男は俺の振り払った手から出た『力』によって俺が来るまでもたれかかっていたフェンスに激突した。そして―――
「うああああああぁぁぁ!!」
フェンスごと、屋上から落ちていった。
「あ、あぁ……」
「な、なんだよ……あいつ……!」
屋上に残った二人が俺を見つめる。その瞳は恐怖に怯え、今にも涙が零れ落ちそうなほど潤んでいた。
そのあまりにも待ち望んでいた表情を見て、俺の心が愉悦に震える。
だが、まだまだ足りない。こんなものじゃ俺は満足しない。
「ああ、そうそう。言い忘れてた」
この後更なる恐怖を体験するであろう二人を前に、俺は笑顔で言葉を投げかけながら一歩、また一歩と近づいていく。
「してもらいたいことっていうのは―――」
あまりの恐怖に腰でも抜けたのか、俺から四つん這いになって逃げようとする二人。それを敢えて追いつかない速度で歩み寄っていく。
今、完全に立場は逆転した。狩る側は狩られる側へ、狩られる側は狩る側へと立ったのだ。
あれだけ俺を攻撃していた二人にその頃の面影はもうなく、泣くことしかできない赤子も同然の状態。それを見、感じる度に心に悦びを感じていく。
さて、もうそろそろ昼休みも終わる。少し惜しい気はするが片づけてしまおう。
そう思い立ち、俺は目の前の二人へと―――
「俺のストレス解消に付き合ってほしいんだ」
昨日投げかけられた言葉をそのまま返してやった。
* * *
繁華街から少し外れ、小高い丘を登った先には、一つの建物が町全体を見下ろすように建っていた。
神を信仰する者のために創られた拠り所―――聖堂教会である。
そんな、普通に生活していれば立ち寄ることなど皆無ともいえる場所の前に、年端もいかぬ少女は立っていた。
白で統一された礼装を身に纏った、蒼い髪に包まれた端正な顔立ち。その容姿のせいもあってか、その年には不釣り合いなほど冷たい雰囲気を醸し出している。
それは、彼女が今までどんな人生を歩んできたのかを知る者なら無理もないことだと思うだろう。
扉を開け、教会内へと入る。白い壁の中に閉じ込められた無数の木製の椅子と、その奥にそびえるキリスト像。そして―――キリスト像を見上げている一人の男。
少女は男へと歩み寄り、壇になっている場所の手前で立ち止まる。
「シェリス・フィオ・アルフォネット、イギリス本部よりただいま到着致しました」
そのまま片膝を着き、蒼髪の少女は目の前に立つ男性に礼をした。
「ご苦労様でした。笠木支部、支部長の刑部聖路郎です。これからよろしくお願いしますね、シェリスさん」
彼女と同じ白衣の礼装に身を包んだ男―――刑部聖路郎は振り返ると微笑みを浮かべ、それを承認した。
メガネの似合う端正な顔立ちに、他者より秀でた背丈。そしてその穏やかな物腰もあって、まさに若者の模範と言うべき好青年である。
「ここでは人が来るかもしれませんので、場所を移しましょう」
そう言って聖路郎は礼拝堂の奥へと入っていった。その後にシェリスも続く。
この丘の頂に建てられた聖堂教会は、一般公開されている礼拝堂の他に、修道者のための居住スペースがある。部屋の総数は50。その全てが1LDKという破格のスペースを確保している。
しかし、この教会が山を丸々一つ使った大屋敷とも言うべき大きさになった理由は他にある。
中庭を抜け、一番奥から2つ手前の部屋へと入る。
聖路郎はその部屋を土足のまま上がっていく。玄関に何のスペースも作られていないあたり、洋式の部屋なのだろう。
部屋の中には、大きめの青のトランクが二つ。他には必要最低限の家具が置いてあるだけの空き部屋だった。
トランクはシェリスがイギリスから持ってきた私物が入っているものだ。ということは、ここが彼女の部屋になるのだろう。
そのまま彼の後を着いていくと聖路郎は部屋の一番奥で歩みを止め、おもむろに右手を壁に置いた。
刹那、彼の触れた場所を始点に、壁が―――まるで水面に波紋が広がるように―――揺れた。
それは一体どんな仕掛けなのか、普通の人間には理解できないだろう。
しかし―――
「結界、ですか」
ここにいる二人には、そのトリックなど歯牙に掛けるほどのことでもないらしい。
「ええ。ここの壁は聖痕に反応するような仕掛けになっているので、機関の人間は自分の部屋から直接本部へ移動できるようになっているんです」
なるほど、とシェリスは心の中で納得する。
聖痕。それは神の加護を受け、使命を帯びし者―――対悪魔機関『ディオ・グラツィア』に所属する者のみが持ち得る『神の代行者』の証。
これならば、本当の意味で‘‘人は来ない’’だろう。ここからは代行者のみのテリトリーだ。
聖路郎が壁へと歩みを進める。その瞬間、彼は壁をすり抜けた。
否、そこにあるのは壁ではない。特定の人間のみ入ることを許されたドアだ。
シェリスもそれに続き壁の中へと入っていった。