DARKNESS or LIGHT
□GRASP I <接触-contact->
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この世は腐っている。少なくとも俺が見ている世界は。
気に入らないからと暴力を振るい金を巻き上げる上級生、それを見て見ぬふりをする大人達。巻き込まれるのを恐れ俺を遠ざけるクラスメイト……。
何故俺だけがこんな思いをしなくちゃいけないんだ……。
俺だってこんな容姿になりたくてなった訳じゃない。
それなのに、どいつもこいつも俺のことを攻撃する。
力が欲しい。あいつらを潰せるくらい――――いや、この世界を滅ぼせるほどの力が。
そうすれば、誰も俺を攻撃するやつはいなくなる。
そうすれば、俺は苦しい思いをしないですむ。
そのための力が――――
力が、欲しい…………。
「ん……」
俺の意識が覚醒した頃には、既に日は傾きつつあった。どうやら知らないうちに眠ってしまっていたみたいだ。
座っていたベンチから立ち上がり、体の動作確認をしてみる。
(痛みはまだ残っているけど、大分楽になったか……)
3時間ほど前、俺は上級生数人に校舎裏に連れられ、そこでふくろにされた。
もちろん抵抗はしたが、一人で勝てるはずもなく、さんざ殴られたあと金もすられた。
いつものこととは言え、腹が立つ。何故俺がこんな目に遭わなければならないのか。
―――いや、考えるのはやめよう。考えてもそれが変わるわけじゃない。
「帰ろう……」
今から帰れば夕飯には間に合うだろうか。そんなことを考えつつ、俺は痛みに耐えながら家を目指し歩き始めた。
家の近くの通りに着いた頃には既に空は暗くなっていた。
時刻を確認すると6時30分―――さっきから1時間以上経過していた。
俺の家は町から離れた場所に建っている。それには理由があった。
世間一般で言う豪邸に位置する、つまりは金持ちの家。それが俺―――三浦淑矢という人間の帰る場所。だが、そこは本当の意味での『我が家』ではない。
俺は物心つかない頃に三浦家―――三浦源蔵に養子として引き取られた。
だが、それだけだ。
家業を継ぐための勉強はさせられているものの、源蔵本人とは今まで一度もまともな会話をしたことがない。
親らしいことをしてもらった覚えはないし、俺だってあれを親だと思ったことはない。
結局、引き取られたのは自分の後継ぎが欲しいがためだ。
この世界に俺の居場所はない。家も、学校も、どこも……。
この世界には、いいことなんて存在しない。嫌なことばかりだ。
(こんな世界――――)
(壊れてしまえばいい……)「壊れてしまえ……か?」
「!?」
突然聞こえてきた声に体が跳ね上がる。振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
闇を吸い込んだかのような漆黒のスーツに白の長髪。そして、鮮血を思わせるような紅い瞳。
(なんなんだ、こいつ……)
その男に見覚えはなかった。いや、それより―――
(俺の心を……読んだ……?)
こいつが俺に話しかけた時、確か「壊れてしまえ……か?」と言った。まさかそれが挨拶というわけではないだろう。
俺は確かにその言葉と同じことを思った。だとしたら、やっぱりこいつ……。
戸惑う俺をよそに、男はいきなり顔を近づけ目をのぞき込んだ。そして―――
「いい目をしている。清らかに濁った……まるでこの世全てを恨んでいるような目だ」
意味深な笑みと共に、俺の心の中の思いを口にした。
「!?」
そのあまりに的を射た言葉、そして、まるで見つめたものを切り裂かんばかりの鋭い血眼に、恐怖で声すらでなくなる。
そんな俺を見て満足したのか、男は顔を離す。
そして、予想もしなかったことを口にした。
「力が欲しいか?」
「ふぅ……」
ベッドに力無く倒れ込む。
疲れた―――というより、緊張から解放されたといった方が正しい。
「力、か」
あの男の残した言葉を呟き、ポケットからある物を取り出した。
水晶。それも、漆黒の。
力が欲しいか?
男の問いかけに初めは躊躇したものの、俺はその首を縦に振った。
すると、血眼の男はこのクリスタルのペンダントを手渡し、どこかへと去っていってしまった。
あいつは一体何者だったのか。何の目的があって俺に近づいたのか。その答えは俺にはわからない。
「これが……力だっていうのか?」
漆黒のクリスタルをかかげ、見つめる。
あの言葉の後にこれを渡したということは、やはりこれが『力』ということになるのだろう。しかし、どうも信じられない。
単なる戯言。そう言ってしまえばそれで終わりだろう。しかし、あの男にはその言葉が真実だと思わせるだけの迫力があった。
(あの威圧感は、まるで人間じゃないみたいだった)
血眼の男を思い返しながらクリスタルを指で弄んでいた、その時だった。
「ん?」
一瞬、中で何かが動いたように見えた。光の当たり方で色が変わるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
目を凝らしてクリスタルの中を見る。すると、わずかではあるが、中で何かがうごめいているのが見えた。
中の物が動くたび、向こう側にある蛍光灯の光が微妙に見えたりする。
普通の人なら、不気味だとか禍々しいと思うかもしれない。でも―――
「綺麗だ……」
俺には、それがとても美しいものに見えた。