サクラ咲く季節に

□第9話「サクラ」
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「へぇ、意外と残ってるもんだなぁ」
 目の前に広がる光景に感嘆の声を漏らす。
 辺り一面桃一色。もう5月だというのに、春の象徴である桜は未だ咲き乱れていた。


 そのイベントは、唐突に訪れた。
「花見をしよう」
「……は?」
 放課後。何を思ってか、涼が俺に突然そんなことを言ってきた。
「いいねぇ! あたしもやりたーい!」
 それに春奈も賛同し、
「啓介君、何の話してるの?」
 タイミング悪く佐倉が俺に話しかけ、
「すいません、矢神君いますか?」
 妙に外面を丁寧にしてる奈々美がうちの教室にひょっこり現れ、
「千代ちゃん連れてきたよー」
「そ、そんなに引っ張らないでくださいぃぃ」
 知らぬ間に春奈が千代を巻き込んで、
「なんなんだ、このタイミングの悪さは……」
 その突発性100%なイベントのメンバーは、ものの数分も経たずに集まった。


 ―――で。
 今俺は佐倉に教えてもらった花見スポットへと足を運んでいる。
「越してきたばっかなのにこんな場所知ってるなんて……」
 最高の花見スポットだというのに、俺の目には視界を埋め尽くすほどの桜しか移っていない。まるで貸し切り状態だ。
 もちろん俺も来るまではこんな花見スポットがあるなんて知りもしなかった。この町に住んでる人たちでも知っている人はごく少数かもしれない。
「これならこんなに早く来なくてもよかったな……」
 人がいないのもそうだけど、どの場所を取っても桜はきれいに目に映る。
 でも……いや、だからこそ手抜きはしたくない。どうせならこのスポットで最高の場所を確保してみせようじゃないか。
「……よしっ」
 ぐっ、と拳を握り、一人気合いを入れた―――その時だった。
「精が出るね、啓介君」
 ふと、桜の木の向こうから声が聞こえた。
 聞き覚えのある声だった。最近聞くようになった、目の前に広がる木々と同じ名字を持つ女の子。
 声に続いて、桜の後ろ側から一人の少女が現れた。その子は案の定―――
「―――」
 俺のよく知る、黒い髪が印象的な、両側で髪を結んだ―――
「あ、れ……?」
 立ち眩みでも起きたのか、一瞬目の前が暗闇に支配され……そして何事もなかったように元に戻る。
「どうしたの? ぼーっとしてるけど」
 いつの間にか、目の前には水色の髪が印象的な、両側で髪を結んだ少女がいた。
「い、いや、別になんでもない」
 何か別のものを見た気がするけど、何を見たのかよく思い出せない。
(ま、忘れたってことは重要なことじゃなかったんだろ……)
 それほど気にかけることでもなかったので、頭からその情報を追い出し、日常へと戻る。
「それより、佐倉。何でこんな早く来たんだ?」
 集合時間まで30分以上はあるし、こんな早く来ても意味ない……って。
「ど、どうかした?」
 気づいたときには、佐倉は明らかに不満そうな顔をしていた。
「……名前」
「え?」
「あたしだけ……名字」
 続いて今度は寂しそうな顔になる。
「あ―――」
 そこまで言われて気づいた。
 今日の花見のメンバーの呼称。涼、奈々美、春奈、千代、そして……佐倉。
 俺は佐倉だけを名字で呼んでいる。
 別に特別そうしてるわけじゃないんだけど、佐倉はそれがどうしても気になるらしい。
「えっと……なんだ。名前で呼んだ方が、いい?」
 俺の言葉には頷きが返ってきた。
「じゃ、じゃあ……」
 何というか、恥ずかしい。他の人達には「名前でいい」と言われてしまったから致し方なく名前なんだけど、やっぱり女子の名前を呼ぶのは慣れない。なんか恋人っぽくい感じがするから……。
 まぁ……それでも、本人の要望とあればしてあげられることはしてあげたい。
「今度から、葵、で……」
「う、うん」
 慣れていないのか、名前を呼ばれた瞬間佐倉……葵は少し頬を染めながら遠慮がちな笑顔で応えた。
 そんな反応をされると益々恥ずかしくなってくる。っていうか、恥ずかしがるくせに呼ばれたいっていうのはどういう気持ちなんだろうか。
(女心は複雑ってやつか……)
 そう心の中で思うと、無性に葵が可愛く思えてきた。
「ふっ……」
 それで、つい笑みがこぼれてしまった。そんな反応を葵は見逃さなかったわけで。
「わ、笑わないでよ〜」
 周りの桜なんかに負けず劣らず頬を桃色に染めて、そう言ってきた。


「それじゃ、全員揃ったところで―――」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
 そんなこんなしてるうちにメンバー全員が揃い、花見という名の宴は開催された。
「あ、あのっ! これ作ってきてみたので、みんなで食べてください!」
 そういって自分のバッグから大きめの弁当箱を取り出し、蓋を開ける千代。
「「おおー!」」
 その中身に涼と春奈が感嘆の声をあげた。葵も関心を持ったような目で中身を見つめている。
 手作り弁当の王道の卵焼きから、中には料理をしない俺にはわからないようなものまで、多種多様に詰め込まれていた。
「相妻さんて料理出来るんだね〜」
「可愛いくせにこんなことまでできるなんて……千代ちゃんをお嫁に欲しい!」
 手作り弁当を持ってきたことにより、最悪のコンビに絡まれる羽目になった千代。
 それでも、当の本人はとても嬉しそうにしているので、それはそれでいいかと思える。
「ね、ねぇ……」
 ふと、耳の近くで小さな声がした。振り向くと、そこには場を窺うような表情で身を縮こませている奈々美がいた。
「どうした?」
「あたし、いてもいいのかな……?」
 周りに知らない人がいるのが不安なのか、いつもあんなに元気を振りまいている奈々美が今日は恐縮している。
「大丈夫だよ。みんな気にしないからさ」
「で、でも……」
 俺の答えを聞いても煮え切らないらしく、依然前に出ようとしない奈々美。
「はぁ……」
 なんでこいつは知り合いには深く突っ込んでくるのに他人となると近づかないかな……。
 仕方ない。ここは援助してあげよう。
「みんな」
 少し改まった声で弁当をつついてる四人に話しかける。
 すると、みんな察してくれたのか、箸を止め、俺の方に注意を向けてくれた。
「ちょっと遅くなったけど紹介するよ。この子は笹岡奈々美。俺と涼の幼なじみだ」
涼以外、興味津々といった反応。とりあえず話を続ける。
「クラスは違うけど、これから顔合わせる機会も増えるかもしんないから仲良くしてあげてくれ」
 とりあえず、紹介は済んだ。ここからは本人次第だ。
 ほら、と奈々美の背中を軽く押す。
「よ、よろしく……」
 それに促されて、奈々美はようやく自分からみんなに声をかけた。
 普段からこのしおらしさがあれば彼氏の一人や二人、簡単にできるだろうに……。って二人いたらダメか。
「へぇ、妙に矢神たちと仲いいと思ったら、そういうことだったんだぁ」
 春奈がシートから落ちないよう四つん這いになって奈々美に近づく。なんというか、興味のあるものを見つけた犬みたいだ。
 そのまま匂いを嗅ぐかのように奈々美の体全体を見る。そして、その目線は中央付近で止まった。
「……む」
 奈々美はその視線に固まっている。対する春奈もそのまま動かない―――
「えいっ♪」
 と思った次の瞬間、片手を伸ばし奈々美の胸を掴んでいた。
「―――へ?」
 その行動が予想外だったのだろう。奈々美はあっけらかんとした表情のまま数秒動かず―――
「〜〜〜〜〜っ!?」
 ようやくそれを認識したらしい。一瞬で顔が真っ赤になった。
「んー、あたしと同じ……いや、ちょっとおっきいかな。あーでも身長差を考えると……」
 そんなこと歯牙にもかけない―――いや、むしろそれ楽しんでいる様子さえある春名は、奈々美の胸を吟味もとい揉みまくっている。
「な、な、な―――」
 されるがまま状態だった奈々美はようやく口を開くも、まともに喋れないらしい。
「奈々美ちゃん、だっけ? バスト83?」
 そこに、春奈の追撃が加わり、この絶妙に保たれていた均衡は崩れ去った。
「なにすんのよこのヘンターーーーーーイ!!!」
 

「いやー、まさかこんなにアクティブな子だとは思わなかったよ……」
 あははー、と頬をかきながら春奈は苦笑いをした。
 その顔には所々赤くなってる場所がある。
「あ、あんたが悪いんだからねっ。それに転んだのはあたしのせいじゃないし」
 あの春奈からアクティブの称号を授与された当の本人は、怒りながらも少し困ったような顔をしている。
 何だかんだで自分にも非があるとは思っているようだ。
 あの後、奈々美の胸を揉んでいた春奈は怒り心頭……というより恥ずかしさ心頭した幼なじみと壮絶な駆けっこを披露してくれた。まぁ最後は春奈の花びらをふんずけてコケるというなんとも地味な終わり方だったが。
「で、一回中断されちゃったからもっかい紹介するけど―――」
 場が落ち着いたのを見越して、奈々美に千代と葵、そして今追いかけっこをしていた春奈の紹介をし、一応の面識を持たせた。
 それからはもうどんちゃん騒ぎ。早くも素を見せてしまった奈々美は何の抵抗もなく全員と話せるようになり、クラスのみんなも何ら拒むことなく奈々美を受け入れた。
 楽しそうに話すみんな。最初の方は心配だった今日の花見は無事に進んで行った。


 ―――かのように見えたが。
「ね〜啓ちゃぁん。手が止まってるよぉ?」
 奈々美が絡んでくる。その頬は紅潮していて目はどこか虚ろめいている。そしてついでに……。
「奈々美、酒臭い……」
 むんむんとしたアルコール臭がする。
 目の前には大量の空き瓶やら空き缶やらが散らばっている。それもジュースではなく、お酒の。
 カクテルからビール、果ては日本酒や焼酎まである。
 そんな混沌とした状態のビニールシートの奥では更なるカオスが展開されていた。
「ちょっ……千代ちゃん、やめ―――」
「んふふ〜、春奈ちゃんったら可愛い」
 普段絡んでいる二人が更に激しく絡んでいる。それだけなら特に驚くことでもない。けど、この光景は異常だ。
(逆転してる……)
 立ち位置が。
 普段弄られてる千代が、今は春奈に覆いかぶさっている。
 この二人は酒を飲むと性格が変わるらしい。
「な、なぁ啓介……」
 そんな光景に釘付けになっている涼が、鼻元を押さえつつ、視線はそちらに向けたまま話しかけてきた。
「なんだよ……」
「力の逆転って、時におぞましいほどの威力を―――」
「ほら、ここがいいの?」
「ひぁっ!?」
「ごふっ!」
 何かを言いかけた涼はそこで力尽きた。鼻血を噴射しながら。
「わかるよ……お前の言いたいことは」
 悦った顔で気絶してる涼に弔いがてらそんな言葉を送ってやる。
 目の前のちちくりあい。それは禁断の花園とでも言うべきか。
 正直今の春奈の姿はギャップがありすぎて危険だ。特に今の艶っぽい声とか表情とか。
(って、見るな見るな……!)
 いろんな意味で見るに堪えず、二人から視線を逸らす。
 が。
「ほらぁ、啓ちゃんってばぁ」
 こっちにも危険人物はいた。
 奈々美がやたら絡んでくる……というかくっついてくる。その度に、なんというか……奈々美の柔らかい胸が腕やら背中やらに当たってきて危険だ。
 その様子を、横から葵が見ていた。
 見たところ、顔も赤くなってないし、これといって酔ってる様子はない。
「なぁ、葵……」
 俺は助けを求めようと彼女に話しかけた。
 しかし、反応はない。というか、何か困ったような……いや、不満そうな顔をしているのは気のせいだろうか。
「な、なに?」
「……別に。仲いいんだなって」
「いや、これは絡まれてるだけじゃ……」
 言っても彼女の機嫌は直らず、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「はぁ……」
 唯一の頼みの綱を握り損ねた俺は、その後状況が落ち着くまでの数時間、この混沌の空間に居座り続ける羽目になったのだった。

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