サクラ咲く季節に
□第1話「始まり」
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冬独特の、柔らかい明るさを放っている空。そんなどこまでも広がる青い景色の一切りを、俺は病室の小さい窓から見ていた。
もう半年も前のことだ。この一切りの空を見始めたのは。
6カ月前、あの丘での出来事は、俺の人生を変えるには大きすぎるほどの事件だった。
あの頃、俺は―――
朝。それは穏やかに過ぎ行く時間。朝食を取り、食後に紅茶でも飲みながらテレビを見て家を出るまでの時間を優雅に過ごす。
でも忘れちゃいけない。そんな気持ちのいい朝は特別な人間だけの時間だ。
「遅刻する遅刻する遅刻するーーーー!!」
早起きできるという特別な人間のな。
朝。起きたときにまず俺―――矢神啓祐の目に映ったのはデジタル時計だった。アラームはしっかり止められ、時刻は8時20分を表示していた。家を出る時間をとっくに過ぎている。そんな数字の羅列を見せつけられた俺は物凄い勢いで飛び起きた。
「くそ、何だってこんな大事な日に……!」
自分に愚痴を吐きつつあり得ないスピードで着替えを済ませ、またあり得ないスピードで身支度をし玄関へ駆ける。その途中、居間のテーブルに置いてある朝食が見えた。
(奈々美……ごめん)
その朝食を作ってくれたであろう人物を思い浮かべ、心の中で謝っておく。
「行ってきます!」
誰もいない家に挨拶をし、俺は家を飛び出した。