サクラ咲く季節に

□第8話「転校生」
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 朝。自室に機械的な音が鳴り渡る。
「ん……んん〜〜〜〜………」
 最初は気にならない程度だったが、それは段々音が大きくなってくる。そして最終的にベルの音に切り替わり、激しく鳴り響く。たまらずベッドから手を伸ばすが、手は宙を泳ぎ消すことはできない。何故ならそれは――――
「だーうるせーー!!」
 ベッドから遠く離れた(3mくらい)勉強机の上に置いてあるからだ。
 AM7:40。今日もまたいつもと変わらない時間から、俺の一日が始まった。


「ようやく一人で起きるのにも慣れてきたよ……」
 学校へと続く道を涼と歩きながら溜め息混じりに言葉を吐く。七瀬は今日は部活の朝練でいない。
 あの騒がしすぎた入学式から既に1ヶ月。学園内の地理やクラスの雰囲気など、色々なことに慣れてきた。朝も一人で起きられるようになったし。といってもあの起き方は少し疲れるけど。
「まさか本当に起きられるようになっちまうとはな……」
 しかし、隣に並んで歩く涼にはそれがお気に召さなかったらしい。
 前の言葉に付け加えるかのように「もったえない」なんて小声で呟く。
「何がだよ」
 その言葉の意味を理解できず―――いや、涼の言うことは理解しないほうがいいが、何となく気になったので聞いてみることにした。
「そのままにしておけば毎朝超極上の美少女の甘い声と優しい笑顔に起こされていたというのに……」
 超極上ってのは七瀬のことだな。そこはわかる。だが……
「涼、お前は根本的な誤解をしている」
 こいつの言っていること、つまり思い描いている朝の起こされ方など今まで一度たりともしてもらった覚えはない。
「七瀬の甘い声と優しい笑顔を拝めるのは……まぁまずない。あったとしても起こし初めの10秒だけだぞ? 俺はそんな短時間で起きれるほど寝起きはよくない」
「だろうな。小さい頃からお前が一番起きるの遅かったし」
 あっさり肯定されるのもちょっと悲しいが、事実は事実だ。仕方ない。
「大体な、お前は七瀬……というより世間の女子を少し美化し過ぎて―――」
 そこまで言いかけた時、俺の背中に物凄く鈍い衝撃が走った。
「へ―――?」
 次の瞬間、俺の体は宙に浮いていた。いや、というより―――
「どあぁぁぁーーーーーーー!!」
 爽快に、豪快に、ありえないほど吹っ飛んでいた。俺の体は弧を描き地面に激突するも、勢いはなかなか衰えず地を滑っていく。
 そしてようやく止まってくれた時、遥か後方からものすごく聞き慣れた女子の声が聞こえてきた。
「おはよーっす」
 いや、なに普通に挨拶してんだよ……。ここは素直に謝るべきなんじゃないのか……?
 その声の主と涼が何やら話ながら近づいてくる。
「そんなとこで寝てると置いてくぞ?」
「……お前には俺が寝てるように見えるのか?」
 節々が痛む体をどうにか起こす。あんなことになったにも関わらず骨や筋肉に異常はないみたいだ。奇跡としか言いようがない。
「冗談だよ冗談」
 あんな場面を見たというのに、涼はまるでちょっとしたことのように笑っている。こいつの辞書には心配という単語は載っていないのだろうか。
「それよりも―――」
 そう、それよりもだ。さっきのあれは何だったのか。その状況を作り出した悪魔に伺ってみるか。
 俺が後ろを向き、メタリックピンクのフレームの自転車にまたがった黒髪の少女を睨みつける。
「? 何よ、じーっと見つめちゃって。もしかして、あたしに恋でもした?」
 こんだけ睨んでるにも関わらず春奈は何を勘違いしてるのか、「やだも〜」とか言って大袈裟に照れた仕草をしている。
「おい、この超絶現実無視女。さっき俺に何しやがった」
 俺は怒りマークが頭に出ているのをできるだけ隠さず笑顔で春奈に話しかける。
「自転車でウィリー走行しながら突っ込んだ」
「なんて無茶苦茶なことするんだお前は」
「良かったね〜。もうちょっと打ち所が悪かったら死んでたかもよ?」
「やった本人が言うな!」
 この1カ月でもう一つわかったことがあった。この女がどれだけ危険な存在かってことだ。
 こいつは自分が面白いと思ったことには躊躇なく踏み込むし関わるし実践する。さらにタチの悪いことに、その面白いことのほとんどが他人が迷惑することだったりする。特に俺が。今回の件がいい例だ。
「まったく……その有り余った体力をもう少し違う方向に発揮できないのか、お前は?」
 俺がそう言って溜め息をつくと、春奈がちょんちょんと俺の肩をつつき、話しかけてきた。
「乗せてってあげようか?」
「―――は?」
 春奈らしからぬ発言に一瞬唖然とする。
 待て待て。あの春奈だぞ? 何か裏があるんじゃないのか?
 彼女を訝しげな目で見つめると、不満そうに口を尖らせた。
「何よ、せっかくあんたがさっき言ったことを実践してあげようとしてるっていうのに」
 さっき言ったこと、というのは有り余った体力云々ってやつだろう。
 「本当にそれだけか? また何か厄介事に巻き込むつもりじゃないだろうな?」
「今回のはそんなんじゃないって」
 もうさっきのでネタ切れよ、なんて言って手を宙でフラフラさせる春奈。
 まぁ、あれ以上ネタがあっても困るけど。
「でもなぁ」
 そうなると、涼だけ一人で歩いて行くことになる。
 俺が心配そうに涼の方を向くと―――
「俺のことは気にしなくていいぞ」
 涼には珍しく普通の回答が帰ってきた。
「んじゃ、お言葉に甘えて」
「こう見えてもあたし、体力には自信あるんだから」
「普通にそう見えるって」
「二人乗り用に延長してないから足かけにくいけど我慢してね」
「ああ」
「あーバッグ貸して。籠ん中に入れちゃうから」
「ん」
 そんなやりとりをしながら、ギア付近の場所に足をかけ、春奈の肩を掴む。
 その肩はあの春奈からは想像しにくいほど細く、華奢に感じた。
「んじゃ、逝くよ〜」
「ちょっと待て、今の言い方は折るにしんにょうの方に聞こえ――――」
 俺が言い終わるのを待たずしてその地獄行きの特急自転車は発進した。



「疲れた…」
 あの春奈の誘いを受けてからこっち、学校に着くまでの間、春奈の漕ぐ自転車の速度が下がる事はなかった。
 どんなに人がいようがお構いなしに突っ込んで行く暴走自転車に、こっちはもう心労が溜まる一方だった。あんなにスピード出してたのにぶつからなかったのは奇跡に近い。
 その代わりこっちは何度も振り落とされそうになったけど。
 体力、精神力共に削られるイベントによって俺は教室に着くや否や自分の机に突っ伏すはめになった。
 ちなみに自転車を漕いでいた張本人は何故かピンピンしている。二人乗りかつ相当なスピード出してたはずなのにも関わらず。
「なぁ春奈……」
 机に突っ伏した顔だけを右に向けて隣に座っている元気印の少女へと話しかける。
「何? スリーサイズの一番上くらいなら教えてあげるけど」
「やっぱいいわ」
「あーわかったわかった。ちゃんと相手してあげるから拗ねないでっ」
 自分で話の腰を折っておいてよく言う、と思いたいがこれが春奈の骨髄反射だから仕方ない。
「何でお前そんなに元気なんだ?」
「取り柄だから?」
 いや、疑問符で言われても……。
「まぁ元気ないよりはいいじゃない」
 そう言ってにまっと笑ってみせる春奈。こういう一面を見ると、こいつもやっぱりまともな人間だなって思う。
「だから、矢神も元気出しなよ。特に男の子は元気なくちゃやってけないんだからさぁ」
 そう言った瞬間、彼女はニヤニヤしながら俺の股ぐらを細目で見つめた。
 ……前言撤回。これがまともなものか。涼の類似品だ。
 春奈の視線を無視し、教科書やらノートやらを鞄から取り出そうとする。
「ん?……机?」
 そこで、自分の後ろに見知らぬ机が置いてあるのに気づいた。名前順で行くと俺が一番最後なのでここに席があるのはおかしい。
「まぁいっか…」
 今日の授業で使ったりするのだろう。とりあえず気にしないことにした。
「みんな席に着けー」
 俺が考えるのをやめると丁度よく教室のドアが開き、クラス担任が入ってきた。
 担任の声を聞き、生徒達が各々の席に着く。
「今日はこのクラスに転校生が入ってくる」
 クラスが一瞬にしてざわめき出す。そんな生徒たちは気にせず、担任は話を続ける。
「みんな仲良くするように。それじゃ、入ってきていいぞ」
 その声に続き、開けっ放しになっていたドアの向こうから一人の少女が入ってくる。
 奈々美より少しだけ低い背に、長めのツインテール。それだけならそこら辺にいる美少女となんら変わりないんだが、彼女は普通とは言い難いものを持っていた。
 髪だ。彼女の髪は透き通るようなきれいな水色をしている。染めただけじゃあんな色は絶対出ない。
 男子生徒の目は釘付けになっている。まぁ確かにそうなる気持ちも頷ける。美少女と言っていい整った顔立ちに、あのスタイルの良さ。雰囲気もとても女の子っぽい。
 そんな極上美少女が目の前に立ってるんだから釘付けにもなる。
 でも俺には彼女は違って見えた。
 何か、ひどく懐かしいものを感じる。昔住んでた町を久しぶりに見たような……そんな気持ち。
「佐倉葵です。伊豆から来ました」
 その言葉を聞いてはっとした。
 伊豆。俺が幼少時代に住んでいた場所だ。そのせいだったのか、彼女を見たとき、何となく懐かしく感じたのは。
 自己紹介を終え、先生が席を指定する。そこは朝疑問に思っていた俺の後ろの机だった。
 なるほどそういうことだったのかと納得していると佐倉が歩いてきて俺の席の前で止まった。
「よろしくね、啓介君」
「―――! あ、ああ……よろしく」
 いきなり名前で呼ばれて戸惑った。呼んだ本人は別に普通の顔してるからこれが彼女にとっての普通なんだろう。
 そこで、ふと思った。
(俺、自己紹介したっけ……?)

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