サクラ咲く季節に

□第5話「続・変なやつ」
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 一日の日程を終え、学校は早くも放課後を迎えていた。今日は入学式で部活がやってないということもあってか、自分も含め、クラスの大半は帰る準備をしている。
 さっきの時間に配られた教科書やらプリントやらをカバンの中に詰め込み、席を立つと後ろから―――
「あ……あの……」
 か弱い声に呼び止められた。
 振り向くと、そこには朝の騒動で一躍有名になったであろう少女が立っていた。
「あ、逢妻さん……?」
 一応面識(?)はあるけど、呼び止められた理由が思いつかず頭にハテナを浮かべる。
「あ……えっと……その……」
 目の前でうつむきながらもじもじしている逢妻さん。数秒間その状態が続いたあと、前でいじっていた両手に一瞬力を入れる仕草を見せ―――
「ち、小さい時から好きでした!」
 あまりに突拍子のない、驚き以外何も出せないような言葉を発した。
「……ナンデスト?」
 あまりにいきなりすぎる出来事に口から出る言葉が片言になってしまった。
(俺、彼女にそんな風に思われるようなことしたっけ……? 別に幼少の頃に猛犬から助けたりつい手放してしまった風船をキャッチしたりしたわけじゃ―――)
 そこまで考えて、あることに気がついた。
(って、小さい頃からだって!?)
「ち、ちょっと待って。俺たち小さい頃に会ったことあったっけ……?」
 彼女と初めて出会ったのは今日の朝のはずだ。もしその前に出会っていたとしても、あまり聞かない名字だし、これだけの容姿してるんだから普通覚えてるはずだけど……。
 そんな風にあたふたしながら思案していると―――
「お……介……ろよ……」
 ものすごく遠くのどこかから、聞き慣れた声が微かにしたような気がした。



「起きろこのオタンコナス」
近くから、よく知っている男の声。
「それ、もう古いって」
 それに続いて、聞いた覚えがあるような女の声。
「んん……」
 体をぐらぐらとゆすられ、仕方なく突っ伏していた体を起こす。目を開けた先には涼と、先ほどの変態少女。
 どうやら担任の話を聞いてるうちに寝てしまっていたようだ。初めてのHRも終わり、クラスの大半は帰る準備をしている。
(夢……か)
 いや、まぁ夢じゃなきゃ困るんだけどね。でも少しだけ惜しい気分でもある。
「まったく……初めての先生の話くらい真面目に聞いてやれよ」
 はぁ、と溜め息をつく涼。
「そうよ、もったいないじゃない」
 と、少女も涼に続く。この二人は中々意気が合いそうだ。
「今日ので矢神は先生の弱みの三つくらいは逃したわね」
 えー……行き着く先そこなんだ……。って。
「今、俺の名前呼んだか……?」
「え? うん」
「何で知ってんだ」
 俺は一度も名乗った覚えはないし、涼は矢神って呼ばないから二人で話してるところを聞いたわけでもないだろう。
「何でって……名簿見れば一発でしょ? あんた一番最後の席で分かりやすいんだから」
 あ、そっか。
「それに矢神なんて珍しい苗字だったしね。あ〜あ、あたしも珍しい苗字か名前に生まれてきたかったなぁ」
 そう言って本当に残念そうな顔をする少女。
 そういえば、まだ名前聞いてなかった。
「―――と、そういえばまだあたしの名前教えてなかったわね」
 少女も同じことを思っていたらしく、俺の思っていたことと同じことを口にする。そして―――
「松岡春奈よ。よろしくね」
 笑顔で俺の前に手を差し伸べてきた。
 その笑顔を素直にかわいいと思った。
(こいつ、案外ちゃんとしてるのかもな)
 前の行動があれだったから松岡のことを勘違いしてたかもしれない。
 少し見直して、俺も手を出す。
「矢神啓介だ。よろしく松お―――」
「マクドナル〜ド♪」
 いつぞやに流行った握手回避方で俺の手を避ける松岡。
「わ〜い、引っ掛かったー引っ掛かったー」
 うん。勘違いじゃなかったみたいだ。
「……はぁ」
 初日から変なのに目をつけられたなぁ……。
 松岡は「じゃ、これからよろしくね〜」と笑いながら手を振り教室から走って出て行った。
「―――っとと、そうだった」
 と思ったら戻ってきた。
「呼び方、春奈でいいから〜」
 教室の入り口から手を振り大声で俺達に呼びかける。
 そして松岡……春奈は走り去っていった。
「面白いやつだな、あいつ」
「まぁ……ある意味、ね」
 見てる分には構わないけど、関わられると非常に困るタイプだ。
 しばらくさっきまで春奈がいた場所を見ている涼。
「あ、やべ」
 その顔が、何か急用を思い出したのか焦りの表情になる。
「俺、他のやつらと待ち合わせしてたんだ」
 「すまん」と言って前で手を合わせる涼。
「ああ、じゃあここで」
 俺の了承が出ると、涼はすぐに自分の席からバッグを取り、小走りで教室を出て行く。その途中で―――
「じゃ、奈々美によろしく!」
 よくわからないことを言って出て行った。
(奈々美によろしくって、何をだよ……)
 あいつは違うクラスだし、今日は顔を合わせる予定ないぞ。
 思案しても何もわからなかったので、俺はさっさと帰る支度に取り掛かることにした。
 教科書のめいっぱい入ったカバンを持ち上げ、席をたつと―――
「あ……あの……」
後ろからか弱い声で急に呼び止められた。
 振り向くと、そこには朝の騒動で一躍有名になったであろう女子が立っていた。
「あ、逢妻さ―――」
 その子の名前を呼ぶ途中―――
(待てよ…この光景どっかで……)
 あまりの既視感に、その子の名前を呼ぶのを止めた。
 そしてそれは数秒の後に思い出すことになった。
(そうだ…。あの時見た夢と同じ……って何ぃ!?)
 まさかの展開。あれは予知夢だったというのだろうか。
「な、何?」
 俺は期待と緊張でぎこちなく口を開いた。それを合図にするかのように、逢妻さんは少しうつむきながら―――
「あ、あの、朝はすいませんでした……」
 そう申し訳なさ気に謝ってきた。
「え……?」
 頭の中にあったことと逢妻さんが言っていることが噛み合わない。
「朝って言うと……」
 冷静に、自分の今日の記憶を辿ってみる。
 ああ、あの事か……。
「気にしなくていいよ。あれは仕方ないことだし」
 思ってることを素直に口にする。
 ―――ごめん、訂正。思ってることを口にしたら夢のことが出てくる。
「それより、逢妻さんは俺のことより自分のこと心配した方がいいよ」
「ふぇ?」
「今日の件で多分他の人にからかわれるだろうから」
 俺としてはそっちの方が問題だ。仕方ないこととは言えその状況を作り出した一人として彼女に悪い。
「……それは多分大丈夫だと思います」
「え?」
「私、小さい頃から失敗ばかりしていてよくからかわれてましたから」
 何となくわかる気がするのは、彼女に対して失礼だろうか? しかし、それなら話は早い。
「そっか」
 からかわれ慣れた人間はちょっとやそっとじゃ揺れ動かない。それは身をもって体験した。
 内容は違えど、彼女は俺と同じ体験をしたんだ。なら安心だろう。
「じゃあ安心かな。それじゃ、これからよろしく。逢妻さん」
「逢妻、でいいですよ。よろしくお願いします、矢神さん」
「あ、ああ……。それじゃ、また明日」
 手を上げ帰りの挨拶をする。
 鞄を持って歩き出した俺の背中に、逢妻の「はいっ」と元気な声が聞こえた。

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