サクラ咲く季節に

□第4話「変なやつ」
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 入学式が終わり、校庭から教室に帰ってきた俺は机にこれでもかというくらい力無く突っ伏した。
「はぁ……」
 疲れた……。
 入学式の最中、俺の頭の中から廊下で起きたことが離れなかった。
(普通ないよな……あんなこと)
 曲がり角で可愛い女の子とぶつかるなんて、どこのラブコメだよ……。しかも彼女の下着まで―――
(って俺は何また想像してんだ……!)
 頭をかきむしる。そんなことで邪な想像がなくなるわけじゃないが、何かしてないと頭の中に出てきてしまう。そんな中―――
「何やってんの? あんた」
「え?」
 突然声をかけられた。
 声の聞こえた方に顔を向けると、そこには不思議と呆れが混ざったような複雑な表情をした少女が立っていた。
 黒くて綺麗なショートカット。それの相乗効果か、物腰はいかにも運動できますって感じだ。
「―――」
 ……この女は危険だ。なぜかはわからないけど唐突に、というより直観的にそう感じた。
「ん? あんた―――」
 俺の顔を見て何かを思い出したのか、少女の瞳が空を仰ぐ。そして次の瞬間―――
「あ〜そういえばぁ〜」
 ニヤリという効果音が最高に似合うような笑みを浮かべ―――
「さっき廊下でぇ〜」
 何とも楽しそうなことを―――
「千代ちゃんと大変なことにぃ〜」
 言ってきた。やはりあの直感は正しかったようだ。
「……お前は俺に恨みでもあんのか?」
 青少年をいじめてそんなに楽しいのかね……。
「別にないわよ?」
 「何言ってんの?」とでも言いたげな、きょとんとした顔をする黒髪の少女。
 いや、そんな普通に受け止められても……。
「そんなことよりぃ〜……」
 不意に少女の整った顔が近づいてくる。その髪から甘い香りが少しして、一瞬だけドキっとさせられる。
「彼女の下着見たの?」
 が、その雰囲気は彼女自身の小さな一言で壊されることとなった。
「………………は?」
 今なんて言った?
 自分の耳に聞こえてきた言葉が信じられず、思わず彼女を見返して聞き返す。
「だから彼女……千代ちゃんのパンツ、見たかって聞いてるのよ」
 そう言って逢妻さんを指差す変態少女。
 ……人を指差すなよ。
「……なんで女子であるお前がそんなことを知りたがる」
「だって気になるじゃない、あんなかわいい女の子の中身ってのは♪」
 ……どこのオヤジだあんたは。
 などと思っていると、近くから見知った声が聞こえてきた。
「お前は幸せもんだなぁ。初日から二人も女子に話しかけてもらえて」
 お前が思ってるほどいいもんじゃないぞ、涼。特にこの女子は。
 そんな俺の気持などいざ知らず、涼は羨ましそうな目で俺を見ている。
「で、そんな幸せもんの啓介は何を話してるのかな?」
 その羨ましそうな目が、好奇心を含み始める。
 ……まずい。涼がこの話に加わると絶対にイケない方向に傾く。ここはいったん退場してもらい、あとで適当に話をつけた方がよさそうだ。
「別に何も―――」
「ねぇ、あんたも見てたでしょ? 入学式の前にこいつが千代ちゃんとぶつかったの」
 人が必死に引き離そうとしているにも関わらず、そんなことお構いなしに涼に話題を振る変態少女。しかもさっき会ったばかりで既にこいつ呼ばわりだし。
「千代ちゃん?」
「あの子よ」
 そう言って逢妻さんを指差す少女。また指差してるし。
「ああ、彼女か。それは見てたな」
「絶対あの状態は彼女のパンツ見えてるわよね?」
「それ、言ってて恥ずかしくないのか……?」
 聞いてるこっちが赤面しそうだ。
 しかし、「別に?」と言った表情で変態少女は俺を見てきた。
 彼女にとって羞恥心とは如何なるものなのだろうか。
「そうだ、それは俺も気になってたんだ。どうなんだ? 啓介」
 「どうなの?」と少女も加わり、執拗に俺を責め立てる。
「そんなに知りたきゃ本人に聞いてくりゃいいだろ」
 全くいい加減にしてほしい。俺に答えられるわけないだろう。
 適当な物言いをして二人を追っ払う。しかし、それがまずかった。
「あ、そっか」
 そう言って、少女はぽんっと手を叩くと、すぐさま逢妻さんの席へと向かっていき、話しかける。
「何すんだ……あいつ……」
 少し話すと、逢妻さんが立ち上がる。すると―――
「えい♪」
「きゃわぁ!?」
 変態少女はいきなりスカートめくりをした。
「な、何するんですかぁっ」
 顔を真っ赤にしてスカートを押さえる逢妻。
「いやぁ、ちょっと見たくなったから」
 それをナチュラルに欲望のままの言葉で返す変態少女。幸いクラスの男子は誰も見てなかったようで、何が起こったのかわかっていない様子だ。
「うおおお!逢妻さんのパ―――ふごっ!?」
 いや、いたか。しかもめちゃくちゃ近くに。
「黙っとけ。殴るぞ」
「もう……殴ってるだろ…………」
 自分でも気づかないうちに俺の手は涼の腹へと裏拳をかましていた。
 我ながら見事なまでの骨髄反射だ。
「はぁ……」
 それにしても……。
 自分の口走った言葉がいかに愚かだったかを思い知らされた気がする。
 今の事件によって俺の心労はさらに溜まり、教室に帰ってきたとき以上に力無く机に突っ伏すこととなった。
 ……今度からもっと考えて口にするようにしよう…………。

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