短編集

□ホシノヒカリ
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 その言葉に、鋼は複雑な気持ちになる。
 あの日以来、鋼は超能力という力を得、ひかるは日を経る毎に体調が悪化していった。まるで彼女の生命力を代償に超能力を得たかのように。
 鋼には過去にその力を頻繁に使っていた時期があった。ひかるもそれを嬉々として見ていたが、それから彼女の体調は悪化していき、病院へ通うことが多くなった。
 鋼は超能力を使うとひかるの体調が悪くなるのではないかと思い、力を使うのをやめた。だが、ひかるの体調は元には戻らず、それどころか日に日に悪くなっていった。
 力を使わなくても、自分がひかるの生命を吸っているのではないか。
 そんな考えに、鋼は日々心を苛まれていた。
「じゃあ、そろそろ行くね」
 その思いが強くなればなるほど、鋼は妹の前に自分がいていいのかわからなくなっていった。
 鋼は耐え切れず、部屋を出る準備をし始める。
「うん……」
 そんな思いを知らず、ひかるは少し名残惜しそうな目をした。
「お兄ちゃん」
 ドアを開けた鋼の後姿に、ひかるの声が被さる。
「プレゼント、ありがとね」
 優しくも儚い声。その声に、鋼は妹にだけは気にさせたくないと、
「ああ。じゃあ、また……」
 自分の気持ちを胸に押し込め、ひかるに笑顔を見せた。

* * *

 夕焼けの空を、夜の闇が塗りつぶしていく。まるで、今の鋼の心を映すように。
 家までの帰路。鋼はその途中にある公園の、目の前に海が広がるベンチに座り、一人考えていた。
(これで、本当にいいのかな……)
 自身の手に入れた力を使い、日に日に生命力を失っていくひかるへの贈り物に変える。それはある意味彼女への贖罪なのかもしれない。そうしたことで、自身を正当化しているのではないか。
 答えは出ない。今まで幾度も考えを巡らせてきたことだけに、それがもどかしかった。
 何もしなくてもひかるの命が刻一刻と削がれていっている。ならばこの力を妹のために使おう。そう決めたはずなのに。
「はぁ……」
 ひかるの病院を出てから既に一時間。考え抜いても答えは出るはずもなく、鋼は諦めてベンチを立ち公園を振り返った。
 辺りには帰り途中のサラリーマンや学生、カップルがこの公園を利用していた。
 その中に一人、白いワンピースを着た少女が、鋼をじっと見つめていた。
 下から上まで、身につけているもの全てが白で統一されている。そのせいだろうか、鋼には彼女が淡く輝いているように見えた。
 その時だった。
「っ!?」
 鋼の視界が突如ノイズに包まれ、そして地球が映った。
 何が起きたのか分からず身体を動かそうとする。しかし、感覚が全くなくなっていた。
(な、んだ……これ……地球に……)
 鋼が見ているビジョンは地球にどんどん迫っている。そして、大気圏に突入したのか全体が炎に包まれた。
(うわっ!)
 その瞬間鋼は目を瞑った。
 そして次に開けた時には、鋼の視界は元の公園に戻っていた。
「何だ、今の……」
 今まで一度も経験したことのないものを見、鋼は混乱した様子で辺りを見渡す。
 そこであることに気がついた。
「いない……」
 ついさっきまで視線の先にいたはずの少女が、いつの間にかいなくなっている。
 今のビジョンが見えている間に帰ってしまったのかと考えていると、
「あ、あれ流れ星じゃない?」
 近くにいたカップルの一人が空を指差した。
 その先には、赤い尾を引きながら輝く物体があった。
「あれは……」
 その流れ星の姿に、鋼は先程見たビジョンが重なった。

* * *

 数日後、あの赤い流れ星は鋼の学校で話題に上がっていた。何でもこの町の近海に落下したらしい。
「火球の話もいいが、最近この付近で妙な失踪事件が相次いでいるから、みんなも登下校の際には注意するようにな」
 ホームルームの最後。鋼のクラスの担任のそんな言葉に何か嫌な予感を感じつつ、鋼は足早に教室を後にした。

* * *

 帰り道を歩いている途中、鋼はまたあの公園に立ち寄っていた。
「……」
 白い服の少女。彼女のことがこの数日間頭から離れなかった。
 少女を見た瞬間、あの火球のビジョンが見え、そして戻ったときには少女の姿はなかった。
 何か、あのビジョンと彼女は関係があるのかもしれない。そして、自分にも……。
 そんな予感を感じて公園へとまた足を踏み入れたが、そこには少女の姿はなかった。
「さすがにそれはない、か……」
 鋼は自身の単純な思考を嘲笑し、家へ帰ろうと踵を返す。
「あ……」
 その先に、少女はいた。
 数日前と変わらない純白の服装を身にまとった少女。その姿は、やはり数日前と変わらず仄かに輝いているように見える。
「君は……」
 鋼の言葉に応えるかのように、少女はゆっくりと歩み始めた。
 その瞬間、また鋼の視界はノイズに包まれる。
(くっ……!)
 それを必死に食い止めようと鋼は今の視界を失わぬよう少女を凝視した。
 ノイズは段々が消える。少女の姿は見えたまま。
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