自作小説『アヤメ街の便利屋』
□アヤメ街の便利屋5〜過去に囚われた男〜
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八年前。
二十歳の俺は、故郷のナミ共和国で軍事政権を相手に、ゲリラ活動を展開していた。
殺された両親の仇を討つため、拾われたゲリラ組織で、殺人の技術を身につけていた。
小数精鋭の部隊は、他のゲリラ組織と共同戦線で政府軍と戦闘に明け暮れる日々が続いていた。
『死』は常に身近に付き纏い、数分前に笑っていた知り合いが、足元に倒れ最期の瞬間を迎えている……そんな事はざらだ。
そして明日は自分の番かもしれない。
そんな世界だった。
ある日の作戦行動中、政府軍の奇襲を受けた友軍が、大きな痛手を被った。
四名の死者と多数の負傷者を出し、部隊の中の三人が行方不明になった。
「ヤード、装備を整えろ。」
「作戦ですか?」
「救出だ。三人から連絡が来た。村外れの教会に隠れているらしい。」
「わかりました!」
三人の救出には、部隊の副隊長、狙撃手の俺、アタッカーと通信を得意とするカミナが選ばれた。
三人からの通信では、周りに敵兵はいないらしい。
こちらも連戦による消耗で、救出に割ける人数が少ない。
もし敵に囲まれたら、死が待っているのは間違いない。
しかし、傷ついた仲間を見捨てる訳にはいかない。
闇夜に紛れ、村外れの教会に近付く。
事前の偵察により、敵兵は隣村まで撤退しているようだ。
「カミナ、俺と来い。ヤード、周囲の警戒。俺の合図で動け。」
『了解!』
二人が慎重に教会に近付く。
俺は狙撃用の銃を構え、周囲を満遍なく見渡す。
二人が教会に入る。
しばらく時間が流れる。
(…おかしい。)
副隊長からの指示がない。
アクシデントか?
教会に向かって歩き出した時、何発もの銃声が響いた。
教会の向こうにある低い丘から、何人もの兵士が顔を出す。
「敵だ!」
駆け出し、教会に滑り込む。
「副隊長!敵……が。」
教会の中には、救出対象の三人が倒れていた。
そして、副隊長がカミナに銃を突き付けている。
「ヤード!逃げろ!コイツは裏切り者だ!早く逃げろ!」
カミナが叫びながら副隊長に飛び掛かる。
その瞬間、副隊長は躊躇なくカミナの眉間を撃ち抜く。
「貴様ぁ!!」
狙撃銃を乱射するが、副隊長は撃ち殺したカミナを楯に、椅子の陰に隠れる。
「何故だ!副隊長のアンタが、何で裏切る!!」
「安全だよ。ゲリラとして戦っていても、政府には勝てん。もう疲れたんだ。この組織を潰せば、私は地位と金と安全を保証される。」
「馬鹿な!そんな話、信用できるか!」
「お前も来い。強い方に付くのが利口だ。」
「断る!」
持っていた手榴弾のピンを抜き、タイミングを計りながら放り投げる。
背後から銃弾が飛んでくるが、構わず出口に走る。
一瞬の轟音の後、銃撃が止む。
副隊長の安否を確認する余裕はない。
外に飛び出すと、何人かの敵兵が目に入る。
銃を乱射しながら、手榴弾を投げる。
奇襲のようになったのが講を奏し、活路が開ける。
手前の敵に銃弾を浴びせ、離れた場所に停めた車に向かう。
態勢を整えた敵から、反撃の銃弾が飛んでくる。
だが、走っている的に当てるのは容易ではない。
何発か際どい所にきたが、何とかやり過ごした。
車に乗り込み、味方のアジトに向かう。
ハンドルを握る手が、小刻みに震える。
アジトの手前で車を降りる。
途中で政府軍とすれ違う。
街は夜中だが騒がしい。
そのためか、咎められる事なくアジトの近くまで来れた。
角を曲がり、アジトがある通りに着くと、俺は足を止めた。
アジトがある建物が燃えている。
アジトの前に、何人もの男と女、子供が座らされている。
兵士が取り囲み、その周りを野次馬が押しかけている。
俺は野次馬を掻き分け、兵士達の後ろまで歩み寄る。
「貴様らは、国歌反逆罪の重罪で処刑に処す!」
偉そうな男の号令で兵士達が銃を構える。
仲間のゲリラの真ん中に座る男、幼い日の俺を助けてくれた隊長と目が合う。
俺は懐から手榴弾を取り出す。
残りの手榴弾と合わせれば、兵士の何人かは道連れに出来る。
ピンを抜こうとした時、隊長が目を閉じ、小さく首を横に振った。
『やめろ。民衆を巻き込む。』
声は聞こえないが、口が確かに動いた。
「死をもって償え!」
隊長が、仲間が、母代わりの女性が、生意気だった仲間の子供が。
叫び声もあげず、泣き声もあげず、地面に力無く倒れる。
俺は助けられなかった。
誰も助けられなかった。