自作小説『アヤメ街の便利屋』


□アヤメ街の便利屋
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「はいはい、ヤードです!」

受話器を取った瞬間、鼓膜が破れんばかりの怒鳴り声。

『このド阿呆!』

「そのお声は、スライド警部補様と考えましたが。」

『あぁ、俺はスライドだ!貴様は誰だ!』

「いや、この事務所には私め一人しかいませんよ。よって私めは間違いなければ、便利屋のヤードですよね?」

『何で疑問系なんだ!』

「私めに入れ代わった別人、生き別れの兄弟、実は双子…なんて線も捨て切れないかと。」

『……。』

「どうされました、警部補殿?まずいコーヒー飲み過ぎて頭の回路がショートしました?」

『貴様と話していると、虚数空間をさ迷っている気がする。』

「それはご愁傷様です。」

『んなことはいい。ところで今日、貴様が我が警察署に届けた荷物はなんだ?』

「あぁ、あれですか。あれは賞金首のザウナです。」

『そう、賞金首のザウナだ。その賞金首の首だけ送ってくるな!!』

「はて、確か生死は問わず…のはずですが?」

『確かに生死は問わずだがな、宅急便で首だけ寄越すな!お陰で若手が一人病院送りだ!』

「むう、なんと軟弱な精神。」

『貴様に比べりゃ、俺の精神も繊細な部類に入るだろうよ!』

「元バウンサーとは思えない台詞です。」

『とにかく、これからは俺に一言相談してからにしろ!』

「善処します。」

『善処じゃねぇ!命令だ!』

「わかりました!もう首、送らない、ヤード、嘘つかない!」

『次やったら、俺が殺す。』

「了解です、警部補殿。」

『それと次の仕事だ。いつもの場所に行け。』

「え〜二週間ぶりの休みなんですよ?エリンの店のハミルちゃんが待ってるのに!」

『うるせー!貴様の女事情なんか知るか!』

そこで乱暴に通話が切られる。
僕は受話器を置くと、静かに立ち上がる。
目の前の窓の下に広がるアヤメの街は、今日も素敵に腐った色をしている。
しばらく背伸びをして、全身に喝を入れる。
溜め息を吐き出すと、僕は外套を肩にかけ事務所を出た。

アヤメ街の犯罪発生件数は、マリナ興国の首都でも群を抜いている。
まあ、暗部が総てこのアヤメ街に集中しているから、どうしようもないのだが。
この街は、意図的に造られた犯罪者達の街だ。
この街に無い物は善意だけ、なんて言われるくらいに、どうしようもない街だ。
俺の事務所の向かいで生活用品を売る店を営む、マクガーだけは、前歴のない希少価値の高い人だが。
そのマクガーだって、家族は別の街に住んでいる。
この街に本当の意味での『家族』は存在しない。
この街に自分の身内がいれば、それが弱点になる。
俺のように独り身か、マクガーのように街の外に家族を住まわせ、この街に身内は近付けない。
それが、この街で生き抜く為の絶対条件だ。

昼下がりの街をブラブラと歩く。
向かう先は『ヤーナル』。
情報屋を兼業で営む飲み屋だ。
情報の早さと正確さは、アヤメ随一だが、料金も馬鹿高い。
しかし、正確な情報を掴まないと自分の身が危ない。
けちって安い不正確な情報を掴んだ上、ターゲットに返り討ち、ドブ川に死体が浮く……なんて日常茶飯事だ。
ヤーナルは、先の電話の相手、警部補殿との情報交換場所として使っている。
この街には警察署が無い。
例えあったとしても、建てた当日に爆破されて全員殉職、二階級特進だろう。
だから俺のような便利屋や、賞金稼ぎが警察から依頼を受けて犯罪者を捜し当てる。
そして報奨金を受け取り生きていく。
だから、便利屋や賞金稼ぎは死亡率が断トツに高い。
ハイリスク・ハイリターン。
一種の麻薬みたいだ。

便利屋の俺の仕事は、賞金首の捕縛、娼館やバーの用心棒、あとは滅多にないが個人依頼。
犯罪者同士でも、最低限のルールってもんがあるらしいが、そんなもんは酔ってしまえば関係ない。
連絡があれば、飯だろうが、風呂だろうが、まあとにかく契約した店に駆け付け、問題を解決する。
我ながら、因果な商売だ。

この二週間、俺はザウナという男を追っていた。
罪状は恐喝と強盗、この街にうごめく変哲もない犯罪者だった。
しかし、最後に盗みに入った家で、家人を殺してしまった。
この街ならいざしらず、外の街での殺人は、よくて裁判ありの死刑、悪くて即射殺だ。
どのみち死ぬしかなかったのだが、外の街での殺人罪は、この街に持ち込めない。
死んで償うしか道がない。
実際、追い詰めたザウナは、自分の最期を悟っていた。
だから奴は自らの首をはねた。
何ともやり切れない話だ。
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