自作小説『アヤメ街の便利屋』


□アヤメ街の便利屋
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事務所から5分ほどブラブラ歩き続け、ヤーナルにたどり着く。

「いらっしゃいませ。」

隻眼の主人に出迎えられる。
白髪頭に、品の良い身なり。
どこぞの金持ちに仕える執事に見えるが、その顔に刻まれた傷が、異様な威圧感を放つ。
なんでも若い頃から傭兵として各国の戦場を渡り歩いてきたらしい。
片目は敵兵の拷問でえぐりとられたが、敵兵を殺し逃げおおせたらしい。
さっきから『らしい』と言うのは、本人は笑って否定するからだ。

「転んで片目を傷付けました。」
嘘だ。誰も信じない。

「ヤードさん、スライド警部補からご伝言が。」

カウンターに座るとヤーナルは懐から小さなチップを取り出す。
このチップには、音声や動画などが圧縮されており、携帯端末により再生できる。
毎回、俺と警部補はこのチップで情報をやり取りしている。
ヤーナルからチップを受け取り、自分の携帯端末に差し込む。
普通なら自分だけに聞こえるように再生するが、店の中には俺とヤーナルしかいない。
そのままステレオ再生する。

ディスプレイから小さな立体映像が浮かび上がる。
それは、自分のデスクに座り仏頂面を浮かべたスライド警部補だった。

「相変わらずシケた面ですなぁ。」

『悪かったな、シケた面で。』

「嘘!何でわかるのですか!」

『貴様の考えくらいわかる。』

「俺って、単純?」

ヤーナルは苦笑い。
うわ、傷付く。

『それはそうと、間抜けで救いようのない貴様に仕事だ。』

「ありがたいです。」
俺はコーヒーをすすりながら、カウンターに顔をくっつける。

『姿勢を正せ、馬鹿者!』

思わず背筋を伸ばしてから、店の中を見渡す。

「ヤーナル、見られてる!絶対に奴は見てる!」

「この店に限っては、盗撮も盗聴も不可能です。」

『貴様の単純な脳細胞は、野良犬の行動より単純だ!むしろ野良犬に失礼だな。そうだ、道端で犬を見掛けたら、とりあえず土下座しろ。』

「いじめだ。」

『そんなことより仕事だ。』

スライドの姿が消え、別の人間の姿が浮かび上がる。
それはまだ十代中頃の少女の姿だった。

「警部補の愛人か?犯罪バリバリですな!」

「大穴で、スライド様のご息女かと。」

「有り得ないでしょ!あのゴリラから人間が生まれるなんて!奥さんは女神か!」

『ヤード、最初に断っておくが愛人でも娘でもない。』

「あら、残念。」

「外れましたな。」

『そしてヤード、貴様は留置場に来い。罪状は不敬罪だ。』

「俺だけ!?」

『この娘は、マリーン。首都のカーネル高校に通う女子高校生だ。歳は十六。昨日の夜、学校の寄宿舎から姿を消した。それだけなら、ただの家出だ。』

「確かにね。」

『だが、この娘にはしばらく別れて暮らす親父がいる……いや、いた。』

そこで警部補は一度話を切る。
俺の背筋を嫌な予感が駆け抜け、全身に寒気が。

『親父の名前は、ザウナ。貴様が捕縛した賞金首の娘だ。どこからか貴様の名前を聞き付けたマリーンは、貴様を探してアヤメに向かった。貴様の仕事は、マリーンの身柄を無事に確保する事だ。以上。』

俺は思わず天井を見上げる。

「なあ、ヤーナル。」

「なんでしょう?」

「なんで人生って、こうも狂ってるんだ?」

「一筋縄ではいきませんよ。」

「俺はマリーンの親父を追い詰めた。俺が殺したと同じだろ。」

「遅かれ早かれ、彼は死ぬ運命でしたよ。」

「あ〜憂鬱だな。」

「ヤード様、彼女は昨夜いなくなりました。時間的にもうこの街に着くかと。」

ヤーナルの言葉の意味する事は一つ。

「助けに行かないとな。」

そもそも、犯罪者と住人以外が街に入る事はまず無い。
若い女性なら娼婦という可能性もあるが、彼女達は娼館の護衛が付き、身柄の安全は保証される。
それ以外の女性、しかも素人が街に入れば、結末はわかりきっている。
運が良ければ犯されて捨てられる。
運が悪ければ、犯されて殺される。

「ヤーナル、今週の警備の薄い地区は?」

「西地区ですな。」

「最悪だ。あそこは性犯罪者の巣窟だぞ。」

財布から紙幣を二枚抜き取り、カウンターに置く。

「コーヒー代より多いです。」

「彼女の情報は誰にも売らないでくれ。口止めには少ないが、今の懐からは精一杯だ。」

「ヤード様と私の間なら、十分です。」

「ありがとう。金があるときは、吹っ掛けてくれ。」

笑顔を浮かべたヤーナルにもう一度礼を言い、俺は店を飛び出した。
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