闇短

□禁断の果実
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「それじゃぁ、一生桃は食べては駄目だよ?」


王位争いで親をなくし、飢餓に苦しみ桃園に盗み目的に侵入した女の子。


沢山なっているうちの桃をひとつ大切そうに手に抱え、ぼろ布のような身なりの女の子に向かってそう晏樹は猫のように眼を細めて笑みながら告げた。


喉もカラカラ、飢えている子どもに向かって、他にも沢山桃が有るのにもかかわらず、
"桃"を一生食べては駄目だと言う・・・


だが子どもは、カラカラの喉をコクッと上下し、
晏樹のその言葉に頷いて、欲しくて堪らなかった桃を晏樹に差し出した。


晏樹はそれを受けとると、桃を手のひらにのせて眺め、

「あぁ、泥がついているね」

そう言い、地に桃を落とすと足で柔らかな桃を踏み潰した。

同じく柔らかな皮は裂け甘い果汁を滴らせながら果肉が圧で飛び出して無惨な姿となる。



女の子はその光景の衝撃に目眩をおこしそうだっだが、
晏樹はふふと笑みを浮かべ木から真新しい桃をひとつ手にとり、皮を適当に剥き一口だけかぶりつくと、
口の端から果汁を滴らせ女の子に見せつけるように舌の先でペロリと唇を舐めた。


美味しそうな果汁たっぷりの桃と、晏樹の食べていた姿が目に焼き付いて離れない。
"桃"がこの世で一番美味しいモノだと思える程頭にこびりつき、食べてみたい誘惑にかられる。


「桃、食べる?」

女の子はフルフルと力無く首を横に振り、
晏樹もその答えに満足したのか、もうろくに歩く気力もない女の子を抱き上げ、甘い香りのする桃園をあとにした。







"一生桃は食べては駄目だよ?"
晏樹はそう言った。


これからは僕が日に三度ご飯を与えてあげるから、一生桃は食べてはいけないと、晏樹は桃を手に持つ女の子に向かって言った。


人は裏切り、欲の前では簡単な約束さえも破ってしまう愚かな生き物だ・・・
君はいつまで僕を楽しませてくれるのかな・・・



三度三度のご飯があたりまえになり、その有り難みが薄れてきても君は桃を口にしないと約束出来るかな...
衝撃的な映像を女の子の頭の中にわざと残して...




桃と三度の飯を天秤にかけ、飯を選んだ彼女は、
晏樹によって食事だけでなく、姫君と新しい名を与えられた。





桃の皮を姫君に剥かせ切り分けていく傍から桃を口の中へと放り込み、美味しいと言葉を吐く。


全て食べ終えた晏樹は美味しかったよと姫君の頭を撫で笑みを浮かべる。


姫君は十五になっても晏樹との約束を守っていた。

邸に来た当初は桃を見せびらかすように食べる晏樹が悪魔のように思えたが、与えてくれた食事、名、幸せに、
約束を違えさえしなければ、この幸せな日常が守れるのだと、桃を口にする事は無かった。



どんなに魅惑の果物に見えても・・・
一度も桃を口にした事のない姫君にとって、
何処かの書の禁忌の果物赤い赤い真っ赤なりんごのようで...


手を伸ばせば届くところにある桃を食べまいと必死で頭を振りやり過ごす。



「姫君ただいま」

「晏樹様おかえりなさい」

子どもから少女へと変わっても屈託のない笑みで、帰ってきた晏樹を部屋で迎える。


「桃を食べるかい?」

フルフル...

直ぐに首を振る姫君に笑みを深くし、同じ口で

「桃を剥いておくれ」
と耳許で囁く。

桃を姫君の手のひらに乗せ、

晏樹は姫君にとって桃はどれ程魅惑の食べ物なのだろうかと考えれば考える程笑みが深くなる。


決して違えてはいけない約束だった...


夜同じ寝台で眠り、夜中に姫君が目蓋を開けて、こっそり寝台横の小机の上に乗せている桃を、ひとり手にとり暗闇の中で度々眺めているのを晏樹は知っていた。



葛藤している姫君の姿は思わず笑みがこぼれてしまいそうになる。


晏樹の中で、姫君なら、葛藤しながらもいつまでも約束を違える事はないと思えてくる事さえあった...



けれど...



「約束を破ったんだね...」
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