闇短

□躾
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‐府庫の一室にて‐


「ミャァ〜ミャァ...」

紅秀麗が主上の貴妃へと召し抱えられたと同時に、
異例の特進をしたシ静蘭の元に、一匹の黒猫が擦り寄って来た。


椅子に座っている彼の足下と椅子の脚を、スリスリと行ったり来たりを繰り返しながらミャアミャアと鳴く。


「っ!...姫君...お前元気で居たのか...」

静蘭は擦り寄って来た一匹の黒猫を見て、驚きと安堵の声をあげた。


彼には珍しくクスリと静蘭は微笑むと、自らの膝をポンと軽く叩き、

猫は意を解したようにピョンと飛び上がって静蘭の膝の上に降りたち、スリスリとさらに体を寄せた。


「元気にしていたのか?」

静蘭は黒い毛並みの姫君を優しく幾度か撫で、
そのまま両手で持ち上げると、額にそっと唇を押しあてた。

「ミャア〜」

すると猫は嬉しそうに声をあげ、ゴロゴロと喉を鳴らし気持ち良さそうに蒼い眼を閉じた為、
静蘭は再び膝の上に降ろし、そのまま寝かせてやった。


懐かしい思い出と共に自らも瞳を閉じながら・・・


暫くの間そうしていると、


「何処にも居ないね、絳攸?」


「まったくあいつは何処に行ったんだ!」


静蘭は近づいて来る足音と共に聞こえて来た声に、
懐かしい思い出の思考の淵から現実に引き戻し、目を開けると扉の方を見た。


キィィ

扉が開くと同時に絳攸が静蘭の姿を見て声をあげた、、、
その膝上に居る探しものを見つけて、、、


「こんなところに居たのかお前は!」

ツカツカと歩み寄り猫を掴みあげる。


「ミー...」

ふわっと浮いた体に目を覚まし、驚きの声をあげた。

「ダメだよ絳攸、チビちゃんはまだ小さいんだから乱雑に扱っては」

そう楸瑛が口にすると、
ウッと肩を竦めて"悪かった"と素直に猫に謝罪した。


(なるほど...彼らが姫君の世話をしていたのか)

静蘭は一人ごちると、
姫君の名前を知らない二人に笑みを深め、
絳攸が手に抱きかかえる姫君を一撫でした後に部屋を去って行った。


「楸瑛...静蘭は猫が好きなのか?」

「さぁね...でも彼には珍しく笑顔だったからね、少なくとも嫌いでは無いんじゃないかな?」

"それよりも"と、
「チビちゃん、、、勝手に居なくなってはだめだよ?」と、
楸瑛が首を指の背で撫でると、ミャアと返事が返って来たため、
二人は姫君を連れ府庫を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーー
その日の夜...


「今夜は月がとても綺麗だ...ね、絳攸?」

「あぁ、、、」


二人は窓から覗く蒼白い光を放つ満月に目を細め、
酒の肴にと眺めていた。


「ミャァ〜」


美味しそうな美酒の匂いに、
楸瑛の膝の上でうたた寝をしていた姫君が、
飲みたそうに鳴きながら身を起こした。

それを見て

「チビちゃんは駄目だよ。代わりにこっちを用意してあげたからね...」と、

楸瑛は言いながら、
姫君を卓子のに乗せ、

絳攸は用意してあった山羊の乳を平皿に流し入れて、
カタリと音を立てながら姫君の目の前に差し出した。


「ミャァ...」

一鳴きすると姫君は山羊の乳に顔を近づけ、
赤い舌をペロペロと出しながら味わっている。


二人はそんな姫君に更に目を細めて、
美酒を傾けた...


しばらくして、

ゆったりとしたまどろみの中、
大人しくなった姫君に二人が目を移せば、
卓子の上で身を丸め、
スヤスヤと眠りに就いていた。


「なんだ、もう寝たのか...」

絳攸は酒で少し頬を赤らめながら残念そうに呟いたが、


「いいじゃないか...チビちゃんは眠ったし...夜はまだ長い...ね、絳・攸・?」

クスリと妖艶に微笑み、
月明かりに瞳を妖しく照らし、冗談めいて絳攸を見れば、


「ばっバカ、俺はそんなつもりで言ったんじゃ...」

と、やや語気を荒げ、

「シーッ・・・チビちゃんが起きてしまうよ?」

と、そう言われてしまい、

「スマン...」
と、絳攸は素直に謝った。


二人は最近拾ったばかりの大人にしては小ぶりな黒猫を見た。


「降りだした雨の中、迷った君を捜していたら、、、
濡れたチビちゃんを君が懐に抱いていて...」


「・・・べっ別に、俺はただ、こんな小さな体で風邪をひいたら可哀想だと思って...」


「クスクス...可愛いかったよ...
雨に濡れ震えるチビちゃんの姿と...
自らの髪を濡らしながら、チビちゃんが濡れまい様にと懐に抱く君の姿もね...」


「うっ...煩いぞ楸瑛っっ」


「シーッ・・・」


「っ・・・スマン」


「クスクスクスッ...今日はもう休むとしようか。
そうだ、何なら一緒の寝台で眠るかい?」

ヒュッ!

「おっと...危ないじゃないか...」

絳攸が無言で投げつけた盃を、
難なく受け止めながらそう口にすれば、
「さっさと寝ろっ」
と、ぶっきらぼうな応えが返ってきた。

「分かったよ絳攸。私は隣の部屋で寝ているから淋しくなったらいつでもおいで?」

今にも叫び出しそうな友人の顔を見ながら、
クスリと笑みを浮かべヒラヒラとてを振りながら楸瑛は部屋を後にした。


「ったく...あの常春頭が...いつでもどこでも花を咲かせやがって..」

"俺も眠るとするか"と一人こぼし、

自分が着ていた上衣を眠っている姫君に、
その周りを包むようにして掛けてやり、
常設してある寝台に横になり目を閉じた。



次に目を開けたとき...
起こる出来事を知る由も無く...
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