闇短
□風邪にはご用心を...
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「絳攸っ!お前はこの私をまた出し抜いて、あああ兄上とお茶をしたようだなっっ!」
怒りと嫉妬を込め黎深はそう言った。
「黎深様あれは府庫にたまたま用があって訪れたら邵可様にお茶を勧められて仕方なく・・・」
「っっつ!何が仕方なくだっ!!」
夜遅く邸に帰りつくやいなや、黎深の自室に呼び出された絳攸は向かい合わせに椅子に座り、
定時にとっとと帰って行った黎深と疲れた身に堪える会話をしていた・・・
「黎深様誤解です・・・出し抜こう等とこれっぽっちも思っていません」
「ふんっ、兄上とお茶をしたのは事実だろう!」
(はぁっ・・・黎深様・・・貴方がお仕事をちゃんとなさっていたのなら府庫へ行く事になり邵可様とお茶出来たのですよ・・・)
絳攸は心の中で愚痴た。
黎深が仕事をしない事により連日激務をこなしている絳攸にとって、邵可の父茶がどれ程の体力を消費した事だろうか・・・・・・
兄への愛であの殺人茶とも呼ばれる父茶を飲む黎深が分かる筈もないのだが・・・
「それで兄上は何か私の事をおっしゃっていたか?」
(ええ・・・いつも迷惑をかけてすまないと・・・)
そんな事を言えるわけもなく、絳攸は言葉を濁す。
「はぁ...まぁ...」
「何だ、何と言っていた!兄上と話をして来たのだろう!?」
身を乗り出し問いかけて来る黎深に絳攸はどうしたものかとたじろいでいると・・・
キィィィと音を立てながら扉が開いた・・・
「何だ、入って来るときは言葉くらいかけろ」
そう言いながら椅子に深く座り直し部屋に入って来た人物を横目で見る。
「黎深様頭おかしい・・・」
「(っっっ?!)おいっなっ何をっ」
絳攸は顔を真っ青にし暴言を吐いた人物を見る。
黎深は黙って椅子から立ち上がり、閉めた扉に寄り掛かっているその人物の元へと歩みを進める。
「黎深様っ今のはそっ空耳です!」
その者が怒られぬよう、絳攸が悲しい程微力な抵抗を試みた。
が、そんなかいもなく黎深は依然として黙ったまま歩みを進め辿り着くと、
「姫君・・・」
そう名を呼び扇で顎を掬い上げ目を見る。
「絳攸・・・」
「はっはい・・・」
絳攸は事の成り行きを心配しながら返事をした。
「近くにいる家人に医師を直ぐに呼んで来るように伝えろ」
「は・・・あの・・・」
「姫君に熱がある。」
絳攸はその言葉に驚き自らも姫君の元へ行き顔を見る。
目は潤み顔が赤い・・・
「すぐに連れてまいります」
絳攸は慌てて部屋を出ると近くにいる家人を探しに走って行った。
「姫君・・・」
「黎深様・・・ケホッケホッ・・・」
「姫君・・・」
黎深はもう一度そう名を呼び咳を出している姫君を立ったまま抱きしめ、額と額を付け熱を計る。
(熱いな・・・)
黎深は姫君の体温の熱さを感じとり、直ぐ様姫君を抱き上げ寝台へと運んだ。
「黎深様・・・」
「いつから熱があったんだ」
「ここ数日少し肌寒くて・・・でも冬だから・・・」
「この馬鹿が」
「ごめんなさい」
「悪寒を感じていたのなら何故そうすぐに言わなかった」
「だって・・・」
「言い訳は聞かん!」
寝台に横にされ掛布を掛けられた後黎深にそう言われ、姫君は悲しそうな顔をした。
「はぁ・・・・・・理由はなんだ?」
「黎深様を護れないと思って・・・・・・邵可様の邸へ連れて行ってもらえなくなるから・・・」
「馬鹿が・・・(そんな事を・・・)」
黎深はそう毒づきながらもそう言う義娘を見た。
姫君を拾ったのは王位争いの真っ只中だった・・・
秀麗が倒れている姫君を見つけ、このままでは危ないと彼女の父である紅邵可が引き取り邸で面倒を看ると決めた。
そんな報せを聞いた黎深は一目散で兄の元へ行き、その引き取られた物へ文句をたれようと扉を蹴破った。
バタンッ
「兄上に迷wa・・・・・」
迷惑を・・・と続けようとした黎深であったが、言葉を失った。
黎深は横になっている娘を見るとその美しさに目を見開いた。
夕暮れ時の窓からもれる綺麗な橙色に染まる光の中、横たわっている娘に目を奪われた。
「綺麗だ・・・」
黎深はポツリと呟きその娘を寝台と体の間に手を差し込み抱き上げる。
秀麗や静蘭、そして邵可はこの部屋にはいない・・・
おそらくは、眠っている姫君を気にしつつも他の街の者達の為に西へ東へと奔走しているのだろう。
寝台の横の小机には飲ませたと思われる薬や、
目が覚めた時にと、薄めの汁が乗っていた。
もう米が底をついていたために、薄粥でさえも出してやれないのだ・・・
黎深は兄達の暮らしぶりに改めて眉を潜め悲しい顔をした後、
抱きかかえたままの娘を邸の誰に告げるわけでもなく部屋を後にした・・・