闇中

□密約
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「おかえりなさい、邵可さん。」

『ただいま、愛しき姫』

毎日玄関口まで出迎えてくれる妻に、
邵可はほほ笑み優しく抱擁する。



『遅くなってすまなかったね、愛しき姫。』

「いいえ、気にしないで。」


外で食事を済ませ、深夜に帰宅して来た邵可に、
愛妻である愛しき姫は優しくはにかみながらそう告げると、
次いで、疲れただろうと邵可に風呂を勧めた。



邵可が湯に浸かる間に、着替えをそっと脱衣所に置き、
邵可が風呂からあがるのを、本を片手に夫婦の寝室でひとり待つ。





やがて、寝室の戸が開かれる音に顔を上げて本を閉じれば、
湯上がりの邵可が、ほかほかと湯気をたたせながら愛しき姫の傍へとやって来る。


「ふふっ。邵可さんったら」

愛しき姫は、しょうがないといった風に邵可の手からタオルをやんわり奪うと、
そのままベッドの縁に腰掛けさせて、
毛先から滴を垂らす邵可の髪に、奪ったタオルを充てて水気を吸い取る。




『ちゃんと乾かして来たつもりだったのだけれどね』

そう照れたように苦笑する邵可の姿が愛しくて、愛しき姫の顔も自然と綻んだ。



「疲れたでしょうから、もう寝ましょうか?」

『・・・そうだね、そうするとしよう。』



手を繋いでベッドに横になり、
空いた手で頬を撫で髪を梳きながら、
おやすみと、額に軽く唇を触れさせて、チュッと音を立てながら離れると、
そのまま愛しき姫をきゅっと抱き寄せながら瞼を閉じる。





やがて、妻からすぅすぅと、規則正しい寝息が聞こえたところで邵可は瞼を開け、
すまないね・・・と、顔を僅かに歪ませもう一度額に唇を寄せた。







もう、何年もの間・・・機能していないのだ。




愛する妻は、自分とは一回り以上も年がはなれ・・・・・

まだまだ肉体的な衰え等、感じる訳がないだろうに・・・。


男は年追う毎に枯れて行くが、女はその真逆だ。
若いカラダを持て余しているだろうに・・・・・・。



邵可は目を伏せ、もう一度心の中で詫びた。






昼は、図書館の館長として働き、

夜は、鬼畜なあの男が下した命令のままに、命を狩る。


図書館に時折来ていた礼儀正しい子・・・。
高校の制服に袖を通し、一度本に視線を落とせば、時間を忘れるような子だった・・・。


そんなある日、閉館時間まで本を読み、
暗闇を早く引き連れる冬の空に、困ったような顔をして、足速に帰る愛しき姫を館内から見送っていた矢先の事だった・・・。



質の悪そうな輩に絡まれ、困惑しながら後ずさる彼女を目にした途端、
年甲斐もなく足は勝手に動き、駆け寄っていて・・・
気づいた時には彼女を背に庇っていた・・・。




その件以来、彼女が図書館へ足を運ぶ度に、言葉を交わすようになり、
次第に情も通じ合い深まって高校を卒業と共に、私の妻になった。




平穏な日常を望んでいた筈なのに、

裏の顔を持つ、自らが率いる風の狼を、徐々に解散させていくと同時に、

己の体も徐々に反応しなくなっていった・・・。






まだ四十手前だと言うのに、機能しない自分に、邵可は本当にすまないと思い悩むようになり、

目を伏せ考え込んでいた邵可は意を決すると、
愛しき姫を起こさぬようベッドから抜け出し、そのまま部屋をはなれ電話をかけた。



『やぁ、私だけれど、夜遅くにすまないね。
急なんだけれども・・・明日、時間あるかい?』


電話口の相手が、是と答えたのを受け、邵可は礼を言い電話を切った。



『ふぅ・・・。もう、後戻りは出来ないね・・・。』

邵可は煙草をくわえ、溜め息にも似た煙を吐くと、
何事も無かったかのように寝室に戻り浅い眠りに就いたのだった。



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