闇中

□魅惑の紅茶
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「どうぞ中へ」

「お邪魔します」

家へ招かれた愛しき姫が、皇毅と揃って足を踏み入れたのは二時間と少し前。
手土産は何がいいかと聞かれ皇毅は、わざわざ調べ。評判のケーキを持って行けばいいと、玖琅個人所有の家へ来る前に愛しき姫と一緒に店で選び。その心遣いは招く側の玖琅でなく、食べるであろう愛しき姫を思ってのこと。
本人が選ぶのだからまず間違いない。

そうして選んだ手土産を、少し話をした後に出された紅茶と共に楽しんで、
それからは、こうして今も響く音楽に耳を傾けている。

曲を聞くいつもとは少し違い、今日はオペラを映像に映し出しながら観賞し、愛しき姫も居る為字幕の入ったそれをソファーに腰掛けながら眺めていた。


「どうでした」


恋愛模様を描いた作品を見終えた愛しき姫に隣で玖琅が問い合う。
オペラ観賞そのものが、芸術を楽しむ為でなく、愛しき姫の隣へ腰掛ける口実であると知らぬは彼女だけ。


あくまで妹のように、態度をとっていた皇毅と違い、玖琅にとって愛しき姫は兄の妻。

四五人は座れるソファーであったとしても、皇毅愛しき姫が座る横へ自身が座っては可笑しい。他にも一人掛けのソファーがあるのだから。

可笑しく思われないように、観賞を口実に、壁際にある大きなテレビを配置しているそれを見るためであると、玖琅は愛しき姫達と同じソファーに座る事が出来た。
真正面でなくとも斜めからでもよいではないか、そう本来なら訝しむ筈の皇毅も何も口を出さない。

見終えた感想を、
「なんだか凄い…でした。」

「女性はああいう者でしょう?」

「愛しき姫は違うがな」

恋愛模様を描いてはいたが、恋敵の女が意地悪な策略を企てたりがある。愛しき姫が漏らしたのは苦笑いだっだ。

凄いでしたと正しくない言葉に注意せず、
さも正論だと玖琅が女性はああいう者だと言う。
そして皇毅は愛しき姫がそうではないと告げ。
思い思いにクスと喉を鳴らす。

頃合いを見計らい新しく淹れられた紅茶を口につけながら、もう一本映像を。
喜劇がないことはないが、オペラではなくミュージカルを選び、軽めに楽しめるそれを流しはじめた。












「愛しき姫、」


左隣に座る皇毅が肩を軽く揺すり。右隣に座る玖琅はテレビ画面を消し、しっとりと落ち着いた雰囲気の曲をオーディオをリモコン操作し流す。

体を愛しき姫の方へ向け、皇毅が愛しき姫の髪を撫で、滑らせた先で顎先を親指でなぞり。
玖琅は恐る恐る愛しき姫の右手をそっと握った。ほんの軽く添えるように。



「彼は何のつもりだ」

「アレはいつもニコニコと笑っているだけ。私に理解など…」

したくても出来ないと口にはせず途中で濁し。
ちゅっ、ちゅ、と皇毅が眠る愛しき姫の頭にキスするのを玖琅は眺める。

「はじめて、ではないのですか」

少し怒りを孕んだ瞳にクッと喉を鳴らすも。

「これぐらいなら、昔はよくしていた」

小さい頃は、昼寝が必要なのだから。

お前は何かしないのか?挑発するような瞳が愛しき姫の頭越しにぶつかるも、


「兄嫁に、これ以上は望みません。」

「ああ、確かに。」

玖琅はただ手を変わらず握ったまま。
皇毅もまた、何度か頭にキスした後首筋に顔を埋め目を閉じる。



そうして互いに会話のないまま、ゆっくりと穏やかに、時にジレンマに苛まれながら、それ以上の事はせず曲に耳を傾けていた時、


「チッ、」

小さく舌打ちしながら皇毅は胸の内ポケットで震える携帯を手に、愛しき姫を起こさぬよう立ち上がり、


「ああ。分かった。」


ほんの二三歩だが少し離れた所でそう電話口で答え。


「帰りはタクシーで帰るよう伝えておいてくれ」

懐から取り出した財布から一万円を、テーブルの上に置いた。

元より親交のあった二人ではない。愛しき姫を挟まなければ会話が弾むわけがない。
皇毅は急な仕事だと告げることなく。玖琅もまた何か声を掛けることなく無言で頷くのみ。


そうして愛しき姫と二人きりになった室内で…………











顔を近づけ唇を重ねた。



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