闇中

□新世界
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「何をなさるのですっ」

「さあ、早く脱いで」

「あっ…」

「シャワー浴びておいで」



月は言葉を掛け、相手がバスルームの方へ向かったのを目にすると、着替えを用意し、


「着替え、此所に置いておくよ。」

笑みを浮かべリビングへと戻る。

時計を見ると、もうそろそろ時間だと、買ってきたばかりのケーキを大きな皿に綺麗に並べテーブルの上に乗せた、
それぞれひとつずつ違うカラフルな色のそれに気分が上昇した。


彼女の為に、紅茶を…と思ったがコーヒーにしようか。それとも…


「嗚呼、ミルクにしよう。」

ほっとミルクを作るべくキッチンに篭りガスに火を点ける。
レンジで温める方が格段に楽だと知りながら、やかんを温める火に、
自分は健気だなぁ、と胸がくすぐったい。




やかんから噴かないように、そっとそおっとミルクを温めるのを眺めていれば、


「早かったね。」

言えば、バスルームから出てきた人は嗚呼もうとまだ怒っているようだった。

それを見て、今更ながらにあることに気づいた男こと月は、
隠すことなく肩を震わせ小さく笑った。

怒っていた相手も思わず月のその姿をまじまじと観察し。


ピンポーン


「ああ♪」

月がさも今、来客予定だったことを思い出したかのように声をだし軽く頷くその素振りに、


-フシュフシュ


「そこを退いてくださいまし。」

その思いあたる笑い方と、フシュフシュとあっという間にやかんの口から溢れるミルクに、
まじまじと観察していたのをやめ、慌てて駆け寄り火を止めた。






「いらっしゃい。どうぞ上がって。」

来客を招き入れる為に月自らが対応し。


来客もまた、それが当然だとばかりにドアを閉めた行動に、今更ながら笑いが込み上げてくるが、それをどうにかひた隠しに潜め。



「さ、行こう。」

何かに気づき玄関で一度動きを止めた来客をリビングへと促した。



さて、どうしたものか。月は口の端が上がりそうなのをなんとか堪え。キッチンへ向かわせるか此処で座らせたままにするか悩んだ。

そして、


「そう言えばミルクを火にかけたままだった」


既に止まっていると知りながら、
来客に止めてきてと、渋るその人をキッチンに先に向かわせ、その少し後ろをついていく。


「っつ…」

息をのみ、ヒタと、足を止め、成す術なく固まる来客に、
月の内心は満足気に満たされた。


「初めまして。」

「あ、ど、どうも、はじめまして。」

気配を感じ背を向けキッチンに立っていた人が振り返り。その凛とした声に続くよう来客の動揺隠せぬ返答に月は大満足で。


隠すのを止め肩を揺らし


「母さんだ、愛しき姫。」

月を振り返った客人こと愛しき姫はギョッとした表情を浮かべていて。その顔に吹き出したくなった。驚いた顔まで可愛くて、まんまるお目めと驚きと怒りで口の端がひきつっていたのがさらに面白さに拍車を掛けた。


「はじめまして。月さんにはお世話になっています。」

深々と頭を下げて挨拶した愛しき姫に、月の腹筋は崩壊寸前だった。

愛しき姫が誰かに深々と挨拶するだなんて想像していなかったからだ。いつも肘鉄、最近では稀に足まで出すようになったのに。


「人前では雪那って呼ぶようにね、愛しき姫。」

驚く"母親"そっちのけで、愛しい玩具の頭をポムポムと撫で目尻を下げ。

母親は何故かパタパタと足音を立て、バスルームへと消えていった。


「クスッ、君の居ない間に女を連れ込んでるとでも思った?
君以外に誰も入れてはいないよ。"母さん"でさえも此処へ来るのは今日が初めてだ。
どう?驚いた?」


すかさずキッと怒ったように睨む顔に、額に軽く唇をあてそのまま腕に抱き留めた。


「今夜は泊まって行くだろう?」

早々に帰れば"母さん"は君の事をなんと思うか。


前半をたっぷりと甘く囁き。
後半を諭すように呟いた。




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