闇中

□密約
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すぅ・・・すぅ・・・すぅ・・・すぅ・・・



『ふふ、おはよう愛しき姫。』


優しく揺り動かすも、目覚める気配がない。
朝がめっぽう弱い妻に、自然と口許が綻ぶ。



ベッドの傍に置いてある、三つの紅い目覚まし時計の電子音が、
愛妻の睡眠を妨害する前に、邵可はスイッチを切りそのまま放ると、
眠る愛しき姫をそっと抱きしめてその体温に目を細めながら、ゆっくりとベッドから這い出し、

たまには家事を休ませてあげようと思いたって、キッチンへと向かった。





が・・・5分と経たないうちに・・・


ゴト・・・ガタッ・・・ガラガラガラ・・・ガシャーン!!




「っ?!何っ!?」

目覚まし等なくとも、邵可の愛妻は強制的に目を覚まし、
なにやらカチャカチャと音がするキッチンの方へと向かったのだった。




『あれ・・・閉まらないな・・・』

つい先日買ったばかりのトースターは、
妻を思うがための今日と同じ動機で、三日前に永眠し、

本日は、食パンを焼く程度のちっちゃなオーブントースターを永眠させかけている。
緊急入院一歩手前だ・・・。






オーブントースターと格闘する夫の姿を見つけた愛しき姫は、最早苦笑するしかなかった。



理由が理由なだけに、怒れない・・・。

「邵可さん・・・おはようございます。」



『ああ、起こしちゃったかい?い・・今パンを焼くからね・・・』


額に爽やかな汗して言う邵可であったが、
どう見たって、パンを焼くと言うより、オーブントースターに手を焼いているようにしか見えない。



愛しき姫は開けっ放しの冷蔵庫の扉を閉め、
床に散乱したモノを片付けながら邵可に近づくと、
オーブントースターをチラッと眺め、
辛うじてまだ壊れていない事にホッと安堵し、



「邵可さん、あとは私がしますから」

そう言って、やんわりとリビングへと邵可を追いやって、
パンを焼く間に目玉焼きとベーコンを手際よく焼き、
頃合い良く焼き上がったパンと一緒に邵可の前に出して、
自分も腰をおろし一緒に朝食を口にする。





「ふふっ」

『なんだい?』

「だって、パンに苦いお茶だなんて、クスッ。」

『ふふっ、そうかい?でもそんなに苦くないと思うけれどね・・・。愛しき姫はまだまだお子様だね。』



ミルクを飲む愛しき姫に向かい、
邵可は、自らが調合したお手製の茶が入った、あじわいのある渋い湯呑みを片手に微笑むと、
コクリと美味しそうに口をつけ咽を上下する。


その不気味に色立つ茶に視線を落とし、愛しき姫は苦笑しつつも和やかに朝食を済ませ、
後片付けへと再びキッチンへと消えた。



食器を洗う愛しき姫の背後に邵可は立つと、
そっと抱きしめ耳元に口を寄せて、悪びれながら、


『今日はせっかくの休館日なんだけれどね・・・。人と会う約束をしてるんだ・・・。』


結婚した当初から、
顔が広いらしい邵可が、
休日や、夜中、目を覚ますと、置き手紙ひとつ置いて居なくなっている時がままあったので、
愛しき姫は別段怒りもせずに、

そんな顔せずに行ってきて、と・・・邵可を送り出した。



数歩、歩いたところで邵可は立ち止まり後ろを振り返ると、
送り出してくれた愛しき姫に手を振り再び歩みを進めて車に乗り込むと、
目的地へと車を走らせた。


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