闇短

□ヴァンパイア1
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翌日。


コンコンと扉が控えめに叩かれ。既に起きていた姫君は、返事を返す。


「失礼致します。朝のモーニングブラッドをお持ち致しました。」

声と同時に入って来た人物に、姫君は驚きベッドの上で姿勢を正し。

「あの・・・」

「申し遅れました。私の名はセバスチャン・イラシセンと申します。どうかセバスチャンとお呼びくださいませ。」


あなたはどこの誰ですかと、セバスチャンと名乗って貰ったものの、


少し緑がかった漆黒の長い髪は結われる事なく。
黒縁眼鏡に射抜くような琥珀の瞳。


冷たい印象の彼を見上げ、姫君は戸惑った。


『今説明した通りだよ姫君。』

姫君の戸惑いに応えたのは、目の前のセバスチャンと言う執事ではなく、実の父、紅邵可。

『静蘭は過労で療養している。だから代わりに彼に来て貰ったんだよ。』

療養っ?と、ベッドから飛び降り扉前に立つ父に慌てて詰め寄り

『過労の原因は心当たりあるだろう姫君。静蘭に甘えて無理をさせたね。』

でもっ、と瞳に涙を浮かべた娘を、邵可はよしよしと抱き寄せて。


『過労と言っても倒れてしまう前に私が療養させておおいた。
君の血を毎回手配するのも大変だろうに、文句ひとつ言わず。
静蘭は君や秀麗の事となると頑張り過ぎてしまうから...』

まぁ、彼と一緒に何か方法がないか考えてみなさい。
そう言葉を残し部屋を出て行こうとする邵可に、

「静蘭には会えないの?」
『会ってどうするんだい。厳しい事を言うようだけど、折角の療養を無意味にさせるのかい?』

君に会えば静蘭は自分の事なんて絶対無視を決め込んで、共に屋敷へ帰ると無理をすると思うけれど?




「・・・・・・。」


『いつだって静蘭が傍に居て、甘えられる訳ではないのだよ。
セバスチャン、姫君を頼んだよ。


「御意、お館様。」


セバスチャンと父のそんなやり取りを、ただボーッと眺め・・・



父邵可が出て行くのを、深々と頭を下げ見送る執事に、静蘭は居ないのだと頭に響いた。



旦那様とは呼ばない口。
素肌ではない白い手袋を手にして。
髪を緩く結う事のない髪はサラサラと揺れ・・・


それを眺めていれば、勝手に瞳が濡れてくる。


静蘭はいない。きっとどうしようもない程迷惑を掛けた。
毎日甘やかせる度に、疲労を溜め。自由な時間を奪ってしまったに決まっている。


(ごめんなさい・・・・・・)


会うなと言われたのに。いつだって傍に居られるわけじゃないと言われたのに。
静蘭が恋しくて・・・
もう一度その優しい微笑みで見つめて頭を撫でて欲しい。
そしたらきっと頑張れると、呆れる程の静蘭への甘えに、どうしようもなく胸が苦しくなった。


「..様、姫君お嬢様。」

何度か呼んでいただろうセバスチャンの声にハッとし視線を合わせると、

「長年傍に居た彼には到らないものの、誠心誠意姫君お嬢様に仕えさせて頂きます。」

言いながら布越しに差し出された手に、姫君は拒否する事は出来ずに手を伸ばし。
そのふわりと優しく誘導する彼の手に泣き出したくなった。


「モーニングブラッドの方を・・・」

ベッドに誘導され座り直し。グラスにある赤に視線をやる。

「これは昨夜、療養する彼が手配したものです。」

そう説明する言葉に、
療養する間際まで自分の為に働き、手に入れたであろう新鮮なそれが入っているグラスを静かに受け取った。


今回ばかりは苦手だからと突っぱねる事は到底出来ず。
姫君はセバスチャンが見ている前で、グラスの縁に震える唇をつけ勢いづけて傾けた。


「−−っっ」


ごくりと喉を一度鳴らしただけで、全身に鳥肌が立ち、口の中が猛毒を飲んだかのように拒絶する。
赤いそれを飲んだ筈なのに、まるで口の中や唇が毒々しい紫に染まっていくかのような錯覚さえおき。

堪らず激しくむせ返り、姫君は静蘭の働きを無駄にした。


「、、ごめんなさい、、、ゴメンナサイ」

カタカタと震えながら、不甲斐ない自分に涙はとうとう溢れ出し。
止まる事を知らずにベッドの上で顔を両手で覆った。


「実際拝見させて頂きましたが・・・これはなかなか難しい状態ですね。」


姫君の姉、秀麗も血は苦手であるが、それは苦い緑汁を飲むかように「うー、まずい。」と顔をしかめながら飲む程度。


姉のそれとは違い、
体が拒絶し飲めないのだと、セバスチャンは改めて姫君の状態を間近で知り。


「失礼ながら、その様子では一日一口さえも飲んでらっしゃらないのでは?」

そう言いながら姫君の赤く滴る口許に白いハンカチをあてそっと拭った。



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