闇短

□風邪にはご用心を...
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「ふんっ、絳攸にしては早かったな」

そうボソリと言って立ち上がろうとすると、


きゅっ・・・


先程握ってやった手を姫君がまるで"行かないで"と言っているかのように、手をきゅっと掴む。


黎深はそれを見て口の端をニヤリと吊り上げる。


「なんだ?医者を入れず
・・・・・・私と二人っきりがいいのか?」

最後の方は身を屈め、
姫君の耳許で悪事でも囁いているかのような声音で言う。



カァァァ


姫君は黎深の悪巧みでも考えていそうな顔と、
耳許でのあの独特な声が、熱にうかされた脳内に甘く響き、
顔を盛大に赤く染める。



クツクツクツと黎深は喉奥で笑いながら、緩んだ姫君の手を放し、
扉の向こうで放っておかれっぱなしの絳攸を呼んだ。


「失礼します」
紅家お抱えの医者と共に、絳攸が部屋へと入ってくる。



黎深は医者が診察しやすいように椅子を差し出して・・・・・・・・・・・・・・・・・・やるわけがない。

絳攸が医者の為に姫君の傍らに椅子を置き座らせたのだが、
黎深は姫君の傍らに座る医者のすぐ横に立ち、
無言の威圧感を垂れ流している・・・



「あの、黎深様・・・」


「なんだ!」


絳攸は"医者が診にくいのでは?"と忠告するつもりだったが、呆気なく

「いえ・・・何も・・・」

と言った。



そんな会話の中、医者は姫君の体をあれやこれやと診察しはじめる。



黎深はみるみるうちに不機嫌さを露にし、

絳攸は養い親が何か医者にしでかさないか、顔を青くし、

姫君にいたっては顔を更に赤く染めていた。



(このヤブ医者めが・・・)
可愛いい娘の腕や顔を触りまくる医者に、
不愉快だと言わんばかりに顔を盛大に不機嫌そうに歪ませていたのだが、


姫君はそんな黎深の思いが、手にとるように分かってしまう為、嬉しさと恥ずかしさで更に顔を真っ赤に染め上げていたのだった。



勿論医者はヤブ医者などではなく、有能な者なのだが、
脈や、下瞼、喉の腫れ具合等と、調べれば調べる程、
真横に立って威圧感を垂れ流している紅家当主から一刻も早く逃れたいのだが、
診る相手はその娘・・・万が一の誤診でもあった時は自分の身どころか、
優秀な医者を世に出してきた一族に、
良くて汚名・・・悪くて代々続いて医者家系が終わる・・・
と入念に調べていたのだが、当主の機嫌を損なうばかりだった。


はたして自分は生きて帰れるのだろうか・・・

そんな可笑しな事がチラッと頭によぎった時、


「黎深様、こっちに・・・側に来て下さい」

と天の助けが舞い降りた。


医者と姫君を見下ろすように立っていた黎深は、姫君のその言葉を聞いて、
嬉しそうな口元を扇で隠しながら姫君がいる寝台の頭上付近に腰を下ろし姫君の髪に指を絡める。



僅に機嫌が良くなった紅家当主を見て、今のうちだ!と診察を続けるのだが、



・・・・・・・・・

「あっあの・・・黎深様・・・」



「何だ、絳攸」



「いっいぇ・・・」


医者が姫君を触った場所を、黎深がその後直ぐ触り、睨みをきかすと言う妙な現象が起こる事となった。



可哀想な医者は、風邪だと確信しつつも、万が一の事も考え心音を・・・・・・と思っているのだが・・・手が止まる。


「おい、何をぼさっとしている」



そう言われてしまい医者は、中が空洞な円錐形状の木のような物を取りだし、
おそるおそる胸部付近に置き耳を添えた。



(変態ヤブ医者めが・・・)
黎深の機嫌が一気に悪くなる。



絳攸もそれを嫌と言う程肌で感じ、何とかする事も出来ないので、早く時が進むよう必死に祈った。



やがて医者が身をお越し一言、

「風邪です。薬を用意致しますので」
と言って下がろうとする医者を見て、黎深は絳攸について行けと言い二人は部屋から出ていった。


「黎深様、ご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。」


「そんな事はどうでもいい!姫君、胸を見せろ」



「えっ?」



「いいから見せろ!」

黎深を止めてやれる者はこの部屋の何処にも居ない。
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