瀬戸内

□揺れる心
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我の策は完璧だった。
駒も我の指示通りに動き。
敵も予想通りに動いた。
現に目の前には膝をついている長曾我部元親がいるのだから。
一寸の狂いもなかったのだと言える。

長曾我部を上から見下ろす気分はさぞ心地よい。
輪刀をすっと長曾我部の首にあてがった。
長曾我部は我の方をじっと見ている。
この首を跳ねればもう終わりだ。
やっと瀬戸海は我のもの。
そう思うのだが手が動かない。
別に何かに邪魔をされているというわけではない。
今は殺すべきではないのだろうか。
ふっとそんなことを思った。
しかし、今でなければ何時殺せというのだ。
きっと気まぐれに過ぎない。
そう自分を納得させた。

ただあっけないとは思った。
今まで渡り合ってきた者がこうも簡単に。
立てたのは我だが、
そんな策にはまる長曾我部にだんだんと腹が立ってきた。
失敗をすれば腹が立つのは当然だが、成功して腹が立っているというのはどういうことだろう。

その気持ちからか手に力が込もったが、やはり首は落ちなかった。
否、落とせなかったの間違いか。


「殺さねぇのか?」


見かねた長曾我部が怪訝そうに聞いてきた。
何時までもとどめを刺さなければ不審に思うのは当たり前だ。
だが、我はそれに答えることが出来なかった。
自分でもどうしたいのかわからないのだ。
返しようがない。


「…殺されたいのか?」


代わりにそんな質問を投げかけた。


「んなわけねぇだろ。殺す気ねぇんならそれどけろよ」


それ、というのは首にあてがっている輪刀のことだろう。
敵に言われたまま動くのは馬鹿のすることだ。
この輪刀を首から離せば自分が死ぬかもしれない。
敵に隙を見せれば負けるのだ。
長曾我部からは闘争心というものが感じられなかったがそれも罠かもしれない。
何にせよこの体勢を崩すつもりはなかった。


「調子に乗るでない。貴様を生かしておくつもりは毛頭ないわ」

「そうかよ」


そう言いながら長曾我部は笑った。
首元には輪刀。
けして笑える状況ではないはずなのに奴は笑ったのだ。


「我は、貴様のそういったところが嫌いだ」


我にとってこの男の言動全てが理解に苦しむ。
理解したところで賛同できるとは思えないが。
それでも我は理屈というものが欲しかった。


「あんたは俺のこと嫌いだろうが…俺はあんたの…元就のことが好きだぜ」

「……動揺を誘うつもりか?」

「違ぇよ。本当のことだ」


まただ。
長曾我部が何故急にそんなことを言い出したのかわからない。
そもそも敵だった者に「好きだ」と言うのは可笑しな話しだろう。
ましてや今己を殺そうとしている奴のことをだ。
好きになれるわけがない。
長曾我部の言葉は信じられないし、信じたいとも思わない。


「有り得ぬ。仮に貴様が我を好いていようと我にとってそれは嫌悪でしかないわ」


我は自身が思っていることを言ったはずだった。
なのに、胸の奥に霧がかかったようにもやもやする。
今日は本当にどうしたというのだろう。
こんな気持ちになるのは全て長曾我部のせいだ。


この苛立ちを解消するにはどうしたらいい?


簡単なことだ。
目の前にいる長曾我部を殺せばいい。


「…嫌いだ」


我はそう呟きながら手に力を込めた。












今度はどうしたらいい?

(どうしてか、まだ苛立ちは治まらない)



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