瀬戸内

□策に溺れたのは
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元親が我の城に頻繁に出入りするようになって幾日か経った。
いつも大した用ではないのだ。
元親が何かを話して帰るだけ。
それは今日も例外ではない。

「今度俺の船に乗せてやるよ」

そう言いながら元親は笑った。
我はそれについて何も返さない。
いや、正確には返すことができなかったのだ。


元親の笑顔を見るとあの時のことが脳裏をよぎる。










それは突然のことだった。

「俺…元就のこと…その…好きだぜ」

そう言った元親はどこか寂しげで。
それでいてはっきりとした意志を示していた。

「………」

我は驚く他なかった。
領地を奪うか奪われるかの関係だというのにどうしてそういう関係を求めるのだろうか。
一瞬嘘をついているのではないかとも考えたが、どうにも嘘をついているようにも見えない。
この時だけは奴が何を考えているか到底理解はできなかった。
知ったところで我が賛同できるとは思えないが。

我は元親のことをそのような目で見たことがなかったし、これからも見るつもりはない。
ましてや我とこのような低俗な輩とでは釣り合うわけがないだろう。

「迷惑だってぇのはわかってる!でも…これだけは知っといてほしかったからな」

必死に言う元親を見て我は思った。
そんなにも我が好きならばこれを利用してやる手はない、と。

「……いいだろう」

そこに好きという感情はなかった。
そう、これは策の内だ。

「は?」

そういった返答は予想していなかったのか。
元親は信じられないといった風だった。

「貴様の戯れ言に付き合ってやると言っておるのだ」

我は淡々と述べてみせた。
これで奴を手中に納めれば四国は手に入れたと同じ。
あわよくば木騎を手に入れることさえ。
隙があれば殺すことだってできる。

「っ…元就ー!!」

元親は嬉しそうに抱きついてきた。
別に悪いことをしたとは思わない。
我の策にはまった奴がいけないのだ。
ただ、どうしてかこの時の元親の笑顔が忘れられない。










そんなやり取りがあったのは何時のことだったか…。

我は未だに何もできないでいる。
そろそろ事を起こしてもいい頃だというのに。

我は奴を利用するのではなかったのか?
本来の目的を思い出せ。
こうやって話しをしているのも奴を手中に納めるための布石のはずだ。

「…も……り……なり…元就!!」

そこではっと我に返る。
元親が我のことを呼んでいたらしい。
そういえば話しの途中だった気がする。
随分と思い出に浸ってしまい全然気づかなかった。
元親が「大丈夫かァ?」と言いながら顔を覗き込んできた。

「…っ!?」

元親の顔が近いところにあって思わず後ずさってしまう。
刹那、顔に熱が集まるのを感じる。
我はそれを隠すため直ぐに後ろを向いた。

「おい、元就?」

元親が心配そうに聞いてきた。
そこには若干の戸惑いが含まれている。

「っ…何でもないわ!!」

我は背中越しに叫ぶことしかできない。
自分でもわからないのだ。
自分が自分ではなくなっていく気がしてならない。

全ては策のため。
そう思ってやってきたが…



策にはまったのは我の方かもしれない。






どこかでこの関係を壊したくないと思っている自分がいるのだから。












計算してないぞ

(こんな感情…我は知らない)

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