瀬戸内

□瀬戸内海とひとつ
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波の音が近い。
我は砂浜に横たわっていた。
脇腹に感じる規則的な痛みが疎ましい。

日輪を遮るように、鬼が我の顔を覗き込んでいる。


「……貴様…泣いておる、のか?」

「はっ…泣いてねぇよ」


長曾我部は嘘つきだ。
涙は我の頬に落ちてきていた。
それは温かかった。

我を斬ったのは奴だ。
戦っていたのだから、どちらかが負けて死ぬことは必然。
それなのに何故泣く?
おかしいではないか。


「……聞け、」


我は奴の目を見て口を開いた。
逆光で奴の表情こそわからなかったが、その双眸の位置はかろうじてわかった。


「…貴様と我の、長きにわたる勝負に、決着が着いた、それだけのことぞ」


泣く必要などない。
我が弱いから負けた。
奴が強いから勝った。
それだけのことだ。
それなのに、



「貴様は…なぜ喜ばん。貴様が…泣いて、いては、我…ゆっくり……眠れん………」


そう言いはしたものの、眠りにつく前のようなぼーっとした感覚に襲われた。
ただ、今回の眠りは永遠だ。
意識が遠退くのがわかって、眠ってしまったら目の前に居る奴にはもう二度と会えなくなってしまうのだと思うと、まだ目を開いて居たかった。

日輪の光を疎ましいと思ったことはなかったが、今だけは奴の顔を影にしないで欲しかった。


「毛利…?」


奴が名前を呼んだ。
返事をしようと思ってもできない。
もう声が出ない。

精一杯開いていようと思った瞼も、だんだん重たくなってきた。
開いているのも限界か。

真っ黒な瞼の裏に、奴の姿がぼんやりと浮かんだ。
日輪のような笑顔だった。

















小船で、潮の流れの遅いところへ漕ぎ出した。
波は比較的穏やかで、降り注ぐ太陽の光が少し痛い。


「アンタは海とひとつになるんだ」


彼を殺すつもりはなかった。
それもおかしな話だが、領地争いなんてくだらないことで彼を殺したくなかった。
彼を倒すことは俺の意思だったはずなのに、どうしてそんな風に思ったのだろうか。

毛利を斬ったとき、嬉しくも何ともなかった。
それどころか悲しくて仕方がなかった。
そのとき初めて自分の気持ちに気付いて後悔した。

俺は毛利が好きだった。
彼に会ったときの高揚は、ライバルだから、彼と戦いたいからではなかった。
それに気づかなかった俺はなんて馬鹿なのだろうか。


「静かに眠れよ」


一緒に乗せてきた毛利を、静かに海に流した。
彼は海になった。
これで毎日彼を見られる。
彼を忘れることはない。


「なぁ毛利、アンタは俺のこと、嫌いだったか」


聞こえてはいないだろうが、海に向かって話し掛けた。
海は波をちゃぷんと舟にぶつけて、YesともNoともとれる曖昧な返事をした。










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