瀬戸内

□存在意義
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それはこれから城に戻ろうとしていた時に起こったことだった。


我は兵士達数人を連れて馬を走らせていた。
軽快に走る馬。
走る足音は一定のリズムを刻み、それに合わせて身体が揺れる。
ちょうどいい風が顔に当たって気持ちよい。

前まではそんなこと気にも留めなかった。
このように周りを気にするようになったのは奴に会ってからだと思う。

そう、いつもだったらもっと警戒しているはずだった。
ただ少し気が緩んでいたのだ。
だから少し気付くのに遅れた。

微量だが、殺気が放たれていることに。
気づいた時には既に矢が放たれた後だった。
どうにか身は守ったが、流石に馬まではどうにもできなかった。

馬の脇腹に矢が刺さる。
痛みでバランスがとれなくなったのか、高らかに一鳴きするとそのまま横に倒れ込んでしまった。
勿論、乗っていた我もそれに倣い倒れ込む。

「……っ」

我はこれから来るであろう痛みに備えて固く目を閉じた。
刹那、身体に大きな衝撃が響く。

そして、落ちたのだと確信したと同時に我の意識は途絶えた。











『元就が襲撃された』

俺はそれを聞いてすぐさま会いに行った。
特に大きな怪我はないと聞いていたが、自分の目で確かめるまでは安心できない。



俺は元就の部屋の襖を乱暴に開けた。
部屋には蒲団が敷かれていたが、元就は既に起き上がって本を読んでいた。
特に目立った外傷もないようなのでほっと一息吐く。

元就が俺の方を見上げる。
俺を見た元就は普段となんら変わりはなかった。

本当に変わりはなかったのだ。

なのに…







「そなた…誰だ?」

元就から発せられた言葉は俺を驚愕させるには十分だった。

「…ぇ…な、何言ってんだぁ?」

思わず声が上擦る。
一瞬、何を言われたかわからなかった。
自分の耳を疑ってしまう。
きっと何かの聞き間違いに違いないと自分で自分を納得させる。

それも次の言葉で無残にも砕けちった。

「何故そなたのような者が我の部屋におる?」

嫌な汗がどっと噴き出る。

「……冗談だろ…元就!?なぁ!?」

元就の顔からして嘘を言っているようには見えない。
それに、こんな悪い冗談を言うはずもないことは百も承知だ。

「…そなたなぞ知らんわ」

そう言われた瞬間、怒りが込み上げてきた。
手を強く握りしめる。
今は掌に爪が食い込むのも気にならない。

「なんでだよ!?俺と厳島に行ったのも…俺の船に乗ったのも……俺に向かって笑ってくれたのも…全部忘れたってぇのか!?」

悔しい。
元就にとって俺の存在はそんなものだったのか。
そう思うといたたまれない気持ちになる。

「嘘を申すな…!!我が貴様のような者と馴れ合うなど…有り得ぬ!部外者は早急に出て行くがいい!!」

息が…呼吸が上手くできない。
俺はいつもどうやって呼吸をしていた?
苦しい。悲しい。絶望。虚無感。
そんな言葉ばかりが頭をよぎる。

「………っ…邪魔したな」

俺はやっとの思いで声を絞り出しだ。
唇を噛みしめる。
元就の視線が痛くて、その場に居られなくなった。

荒々しく城から出て行く。
俺は逃げたのだ。

外に出るといやに空気が新鮮に感じた。
ふっと上を見上げる。
元就が信仰していた太陽が眩しい。



地面には頬を伝ってきた水滴が流れ落ちた。












あなたにとっての俺

(誰か嘘だと言って下さい)





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