瀬戸内

□愛してるの延長線
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我は元親と浜辺の近くを歩いていた。
所謂、夜の散歩というやつだ。
『散歩をしよう』と提案したのは我だった。
珍しく我の方から誘ったのだ。
その時の元親は大層驚いていたし、喜んでもいた。
だが、我から誘ったのにはちゃんとした理由がある。




ほのかに塩の香りが漂ってくる。
ふっと月を見上げると妖しく光っているように見えた。
それがたまたまなのか今日だからなのかはわからない。

我と元親は口を開こうとはしなかった。
その場の雰囲気に呑まれたからなのだろうか。

それは定かではないが、不思議と悪い気はしなかった。



それから数分歩いて行く。
我は何の前触れもなく立ち止まった。
暗い海を見据える。
特に何かあったわけではない。
その行為は殆ど無意識に近かったと思う。
それに気づいた元親も我の隣にやって来て同じように海の方を見た。

「人間とはなんと欲深い生き物であろうか」

我は独り言のように呟いた。
目先はいまだに海を捉えている。
海の底は深くて暗い。
まるで今の我の心を映しているようだと思った。

「ん?なんだよ急に」

「いや、別段深い意味はない。思ったことを言ったまでよ」

なんとなく。
本当になんとなくそう思ったのだ。

「そうか?まぁ…わからなくもないけどな」

このような感情は知らずともよかったのかもしれない。
だが、知ってしまったものはもう誰にも止められない。

例え…元親でも。
いや、元親だからこそかもしれない。

「狂おしい」

「あ?」

ここに来てやっと元親の方を向く。
怪訝そうな顔をした元親と目があった。

「我はそなたが欲しいのだ」

「今更だな…俺は元就のもんで元就は俺のもんだろ」

表だけではなんとでも言える。
我が欲しいのは裏だ。

もっと確かなものが欲しい。
そう…確定づいているものが。

「我はそなたの全てが欲しいのだ。…『死』すらな」

「変なもんでも食ったのか?なんか元就らしくねぇぜ?」

普通だったらそう言われるのも無理はない。
だが、今の我は『常識』という言葉を持ち合わせてはいないだろう。
今と言ったのは語弊があるかもしれない。
そう思っていたのは随分と前からだったから。

「らしくないか…ならば我らしいと言うのは一体なんなのであろうな?」

「本当どうしたよ…なんかあったのか?」

本当に今日の自分はどうかしている。
思っていることが口から淡々と出てくるのだ。
自分でも不思議に思うのだ。
元親など尚更だろう。

「…ずっと我慢しておった」

「おい、元就?」

「元親、そなたに永遠の眠りをやろうぞ」

我は元親から離れるために数歩後ろに下がる。
そして、そっと懐から銃を取り出した。
この時のために用意したのだ。
せめて苦しまないように…。

「…なんのつもりだぁ?」

「貴様が誰かの手によって殺されるのは許せぬ」

「…だからその前に殺っちまおうってか?」

「そうだ」

「いいぜ、元就にならな。言ったろ?俺は元就のもんで元就は俺のもんだ。つまり…いつ俺が元就を殺そうが、元就が俺を殺そうがいいってわけだ」

その言葉に我は目を見開いた。
まさかそのように言われるとは思ってもいなかったのだ。
我にとってこれほど喜ばしいことはない。

「フ…フフフ、なるほどな…そなたも我と変わらぬということか」

「ハッ、そうかもな」

これから殺されるというのに元親は笑っていた。

それは我も同じか…。

「始めて…そなたが相手でよかったと思うたぞ」

「始めてって…そりゃあねぇだろ」

「フッ、冗談だ。…我もすぐに逝く」

我は銃口を元親に向ける。
身震いが止まらない。
怖いとかでは勿論ない。
これは…そう、武者震いのようなものだ。
この引き金を引けば…。

「あぁ…待ってるぜ。元就、愛してる」

「我も愛しておる」

言い終わると同時に我は引き金を引いた。

−パンッパンッ

乾いた銃声の音だけが辺りに響き渡った。
元親はゆっくりとその場に倒れる。
なにもかもがスローモーションに見えた。

ひどく嬉しい。
やっとこの手で殺ることができたのだ。

「フフフ…元親」

我は元親の側に近寄ると、自らの頭に銃口を当てた。

これで我と元親の間を邪魔する者はいない。
元親は正真正銘我のものとなったのだ。
そう思うと、何とも言えない感情が湧き上がってきた。
少しむず痒い気もする。

それにしても…笑いが止まらない。

我は引き金を引いた。
躊躇いは全くと言っていいほどない。

−パンッ

我は元親の上に覆い被さるよう倒れ込んだ。




月の光に照らされた二人の顔はとても安らかだった。

それは美しくもあり、不気味でもあった。






二人は確かに愛し合っていた。



ただ…行き過ぎてしまっただけ。



それだけだ…。












(狂気じみていたのははたしてどちらか…)

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