黄紫
□こんなときだけ
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街はクリスマスムード一色だ。
会社から帰る途中の道にはあらゆるところにイルミネーションが施されている。
確かに綺麗なのだけれども、僕にはどうも無駄なお金をかけているよう思えた。
普段は行くことの無い小さなアクセサリーショップで慶次君へのクリスマスプレゼントを選ぶ。
あまり迷うことなく、銀に縁取られた黒いクロスのペンダントを購入した。
シンプルだけど、中々いいものだと思う。
僕はそれを大事にしまって家へと急いだ。
きっと慶次君はシャンパン片手にへらへらして僕を待っているにちがいない。
玄関の鍵を開けると、中は真っ暗だった。
「ただいま……慶次君、いないのかい?」
ゆっくりとビングの扉を開けて中に入る。
部屋はひんやりしていたが、電気を付けるとテーブルの上にお皿やお菓子が並んでいたので、慶次君は一度家に帰ってきてからどこかへ出かけたようだ。
ストーブを付けて彼の帰りを待つ。
その間にさっき買ったプレゼントを出してその包みを眺めた。
(喜んでくれるかな…)
ガチャンと玄関を開ける音がしたので、慌ててそれをズボンのポケットにしまった。
「あ…半兵衛お帰り」
どうやら僕はすごくタイミングの悪い時に帰って来たらしい。
慶次君はケーキの箱を抱えて、明らかに困った顔をしている。
「ただいま。慶次君もお帰り」
「…ただいま。街混んでたな」
「うん。そうだね」
慶次君は上着を脱いで僕の向かいに座った。
僕の予想によれば、彼はケーキもシャンパンも準備万端の状態で、僕が帰って来たらクラッカーでも鳴らすつもりだったのだろう。
さっき、部屋の隅に置かれたビニール袋からクラッカーが覗いているのを見つけた。
「ケーキ、これとチョコで迷ったんだけどこっちにした」
箱を開けると、ケーキの甘い香りがした。
中には小さめの苺のショートケーキが入っていて、サンタの砂糖菓子と葉っぱの飾りとチョコが乗っかっていた。
「おいしそう」
「だろ?」
慶次君がケーキを4つに切り分けた。
2つはまた明日食べるようにとっておくのだ。
サンタ俺がもらっていい?なんて尋ねるから、子供みたいだ、と思いながら頷いた。
「メリークリスマス!」
ここで彼は例のクラッカーを鳴らした。
綺麗な紙が勢いよく飛び出して床に広がる。
「あ、そうだ」
ケーキを食べ始めてすぐ、彼は立ち上がって隣の部屋から何か持って来た。
そして、ニコニコと笑いながら僕の隣に座った。
「はい、クリスマスプレゼント」
「………」
彼が渡してきたのはどこかで見た包み紙。
恐る恐る開けてみるとやっぱりどこかで見たペンダント。
僕は自分の目を疑った。
ありえない。
そんなことってあるのか。
それは僕が買ったものと全く同じものだった。
偶然にしたって凄すぎる。
慶次君からのプレゼントだ、もちろん嬉しいのだが、複雑だった。
どうしよう、彼に同じものを渡していいだろうか。
「……ありがとう」
笑顔を作って慶次君を見る。
が、内心かなり焦っていた。
「俺には?」
「…えっと……君には、」
ああどうしよう。
プレゼントはあるんだ、ちゃんと。
でも同じものなのに知らぬ顔で渡せるものか。
だからといって忘れたなんて嘘は吐きたくない。
やめてくれ、そんな期待に満ちた顔で僕を見ないでくれ。
君の期待しているようなものはあげられないんだ。
額に汗が滲んできた。
ズボンのポケットに入ったそれを握りしめる。
「………」
「半兵衛?」
中々答えない僕に、慶次君が名前を呼ぶ。
僕は何て言ったらいいかわからなくて黙って彼を見つめた。
彼は不思議そうな目で僕を見つめ返す。
咄嗟に僕は身を乗り出して彼の唇を塞いだ。
こんなことして僕はこのあとどうするつもりなんだろう。
それはこの場をごまかす為の行為でしかなかった。
「…何、まさか『僕がプレゼントだよ』とか言うんじゃないよな?」
「違うよ」
「俺はそれでいいけど」
彼はにやっと意地悪そうな笑みを浮かべ、今度は彼の方から口づけた。
彼の舌が強引に入ってきて口の中を掻き混ぜる。
「っんん…、はっ……んふ」
慶次君はそのまま僕を押し倒してきた。
僕は覆いかぶさる彼を腕で押し返そうとするが、それは無意味だった。
彼の手が僕のワイシャツのボタンを上から順に外していく。
「ちょっ、やぁ…」
「誘ったのは半兵衛だろ」
「誘ってなんか…ぁ、やだ……やめ、て…」
全て外し終えると、彼は鎖骨をなぞった。
ぞくっとして身をよじると、ポケットから彼に買ったプレゼントが落ちた。
「あれ、」
「あ…」
「あるじゃん、ちゃんと」
「それは、」
僕が慌てて取り返そうと手をのばしたが、彼が包みを開ける方が早かった。
「……これ、同じ」
「……」
「なんだ、そういうことか…」
見つかってしまった。
違うのを買い直すって言おうかな。
「だから僕「凄くない!?あれだけプレゼント売ってんのに同じもん選ぶなんてさ!やっぱ気が合うな!」
慶次君はニコッと笑って僕があげたペンダントを付けた。
こんな風に笑ってくれるなら、隠さないで普通に渡せばよかった。
「お揃いじゃん」
「そうだね」
僕も、彼にもらったペンダントを付けて微笑み返した。
こんな時だけ気が合うんだから!
「さて!さっきの続きといきますか」
「やだ、僕はケーキを食べるっ」
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