黄紫

□いつでも一緒に
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稲葉山城の一室。
そこに僕と慶次君はいた。
物は殆ど置いていない。
さっぱりとした部屋。
そんな部屋の中央には蒲団が敷かれている。
僕はそこに横たわって寝ていた。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ…っ」

痛々しい咳が辺りに響き渡る。
僕は少し横向きになると手で口元を覆った。
喉元を通って何かが込み上げてくる感覚に襲われる。
それは既に何回も経験してきたものであった。
その何かとはもう見なくてもわかる。
咳が治まったので口元を覆っていた手をゆっくりと外した。
その手についていたものは…血だ。

慶次君はそんな僕を苦い顔をして見ていた。
君にそんな顔は合わない。

「半兵衛!?大丈夫かい?」

そう言いながら慶次君はゆっくりと僕を起こした。
僕の体は自分で起き上がることさえままならない。
体重も以前よりずっと軽くなった。

「くっ…問題ないよ」

本当は問題ないわけがない。
医者が言うには未だに生きていることが奇跡らしい。

「…半兵衛」

慶次君は悲しみを含んだ声で名前を呼んだ。
それに対し、僕は「哀れみはいらないよ」と言わんばかりに強気に返した。

「無様だね。慶次君にこんな姿を晒すなんて…屈辱的だよ」

実際、僕は誰も床に上げなかった。
あの秀吉でさえも。
勿論、慶次君も止めた。
いや、慶次君だからこそ余計に見せたくなかったのかもしれない。
結局はそんなのお構いなしに上がってきたのだけれど…。

「…なぁ、半兵衛。俺を…殺してくれ。せめて死ぬ前に…」

驚いた。
まさか慶次君がそのようなことを言うとは思わなかった。

「…何を言っているんだい?冗談はよしたまえ」

「冗談なんかじゃないよ。もう俺だけ生き残るのは…嫌なんだ」

そう言った慶次君は今まで僕が見てきたなかで一番辛そうな顔をしていた。
だが、目は本気だと語っている。

「ゲホッ…っ後悔してもしらないよ?」

「しないさ…半兵衛と一緒なんだから」

僕は慶次君をじっと見つめる。
これが自分に課せられた最後の役割なのかもしれないとどこかぼんやりと思っていた。

「フッ…いいだろう。僕の剣を…」

使われなくなった関節剣。
だが、僕の側にはいつでもあった。
偶にそれを握るのだ。
昔の感覚を忘れないように。
と言っても、もう昔のようには操れないだろう。
そう思うとひどく悲しい。
慶次君は剣を鞘から引き抜くと僕に手渡した。

「それじゃあ用意はいいかい?」

手が…腕が…震える。
それは既に剣が握れない体になっているからなのか…。
はたまた、彼を殺すことに抵抗があるからなのか…。
僕にはそれがわからなかった。

「…半兵衛、最後に好きって言ってくれないかい?」

僕はそれについて返答はしなかった。

「いくよ慶次君…愛してる」

ブスリと嫌な音がした。
刺した場所から鮮血が流れてくる。
鮮やかな赤。
それがとても綺麗だと思った。
自分の血とは随分と違っていたからだ。

「…半…兵衛…俺も…愛し…て…」

そう言っていた時の慶次君は嬉しそうに笑っていた。
そんな慶次君を見た僕も自然と笑みが零れてくる。

「ゲホッ…ゲホッ…ゲホッ…ゲホッ…ハァ…僕も…そろそろ寝ようかな」

僕も横になると、重くなった瞼をゆっくりと閉じた。









それから僕が再び目を開くことはなかった。












悲しみの中の幸せ

(一緒に死ねることこそ幸福)

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