黄紫

□ほんとのうそ
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半兵衛はいつも嘘をつく。


彼は嘘をつくのが上手で、その本心はなかなか見えない。

それでも長い時を一緒に過ごすと、彼の否定の言葉は上辺だけのものばかりだとわかった。

だから、それを聞いた時も嘘が上手な彼の冗談だと思った。





「僕はもう、あと半年も生きられないんだ」



突然の告白に、俺は言葉が出なくて半兵衛の紫色の瞳を見つめた。
彼はすぐに目を逸らしてしまったけど、その目は愁いの色を帯びていて、本気だと語っていた。


「もうこの世界に未練は無いよ」


彼はそう言って俯いた。

本当に未練が無いなら、そんな悲しそうな顔はしないはずだ。
死ぬのは嫌だ、怖いって言ってくれればいいのに。
そうしないのは彼の自尊心が邪魔しているからだろう。


その日、半兵衛は俺が帰るまでずっと俯いたままだった。










「半兵衛、外は桜が満開だよ」


すっかり床に臥せってしまった半兵衛を見舞いに来る途中、桜の花が満開だったので枝を折って持って来た。
それを枕元の花瓶に活けると微かに桜の香りが漂う。


「…もう、桜の季節なのかい?」

「あぁ」


半兵衛の言った半年は過ぎた。
半年も生きられないと言った彼の言葉は嘘になった。
でも、もう長くはないことは本当。誰が見てもわかる。



「やっぱあんたは嘘つきだ」

「………え?」

「もう半年経ったよ」


彼は目を丸くして驚いたが、やがて穏やかな表情になり、ゆっくりと口を開いた。


「…そうなの、」

「うん」


半兵衛の手を握ると、弱々しく握り返してきた。
折れてしまいそうなその手は、弱いながらも精一杯力を込めてくれている。


「僕が、生きてて、嬉しい?」


当たり前だろ、と答えると、彼は今までに見た事のない柔らかい微笑みを浮かべた。


「…じゃあ僕、君の為に、あと、ひと月は、生きるよ」


それは今までで一番優しい言葉だった。
俺の為なんて言われたのは初めてで嬉しかったけど、それができないことは本人も俺もわかりきっている。


「…うん」


言葉では言い表せない切なさが込み上げてきた。
半兵衛を失いたくないと思う気持ちは一層強くなって、彼の手を握る力は、自然と強くなっていた。









またひとつ、増えた嘘
(それは彼がついた最期の嘘でした)

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