小説

□お酒ほど厄介なものはない
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元親は目の前の光景に唖然とした。


「おいおい、んだこりゃあ…」


硬直状態に陥った元親は一度頭の中を整理しようと試みた。


(確か…元就んとこに遊びにきて…

ってこたぁ、ここは高松城で合ってるよな?

となるとコイツァ間違いなく毛利元就…なはずだよなぁ。)


「もとひかではらいか〜」


元親の目の前には酒を飲んだのか、顔を赤くしている元就らしき人物がいる。

すでに呂律が回っていない。

元親は元就らしき人の顔をまじまじとみた。

結果…


「いや、違ぇな。有り得ねぇ」


元親がそう言うのも無理はない。

なんせ何時も部下を駒としかみていないあの冷酷な元就が満面の笑みで笑っているのだ。

むしろ冷酷な元就より数倍怖い。


「帰ぇるか…」


元親は見てられないと思ったのか帰ろうと襖に手をかけたが、突如として元親の身体を何かが止めた。

何かとは元就の駒…もとい兵士達である。

どうやら元就に呼ばれて一緒に飲んでいたらしい。


「お待ち下さい!!元親様!!」

「俺らもう限界です!!」

「あんな元就様見ていられません!!」


兵士達は元親に泣きついた。

笑顔の元就といるのが辛かった兵士達にとっては元親の登場は神様並みだっただろう。


「…わかったよ。」


兄貴気質な元親がそんな兵士達を見捨てられるはずがなく、渋々呟いた。


「では俺達は行くんで元就様をよろしく頼みます」


兵士達はそれだけ言うと急いで部屋から出て行った。


「って言ったもののなぁ。ハァ…も、元就ィ?」


元親は一度溜め息をつくと動揺しつつも元就を呼んでみた。


「ヒック…なんぞぉ〜」


『怖い』元親の心の中はこの言葉で埋め尽くされていた。


「元親ァ、きはまも飲むがいい〜。わへがついでやぉう」

「いや、それよりよぉ…早く寝た方がいいんじゃねぇのか?」


元親はここはさっさと寝かせるべきだと考え、やんわりと断った。

が…!!


「わへがついでやぉう」


元就はもう一度いい直すと何故か涙目になっている。

これには流石の元親も焦った。


「わわわかった!!ついでくれ!!!」


元親はこれはついでもらうしかないと、恐る恐る元就に近寄った。

すると、突然元就が抱きついてきたのだ。

いや、抱きついてきたのではない。

これは首を絞めている。

酔っているが、かなりの力が入っている。


「ぅお、マ…ジで…死…ぬ…」


元就の笑顔を見ながら死ぬのはゴメンだと思い、元親は元就を思いっきり突き飛ばした。


−ゴン−


嫌な音がした。


「うぇ…ゲホッ、ゲホッ。ハァ…コイツ本当は酔ってねぇんじゃ…」


元親はすぐさまそれはないなと否定した。

酔っていなければ元就があんな笑顔できるわけがない。


「………」


元就は数秒しても倒れたまま起きてこなかった。


「元就?大丈夫かぁ!?」


元親が元就の顔を覗き込むと元就の目がパチッと開いた。


「………」

「?」


元就は元親を見ると、みるみるうちに眉間にしわを寄せ始めた。


「何故起きてそうそう貴様の顔など見なければいけないのだ…」

「!!?」

「何を呆けた顔をしておる。普段締まりのない顔がさらに酷くなっておるぞ」

「い…何時もの元就だ…」


どうやら頭を打ったショックで目が覚めたらしい。


「「「元就様ァァァ!!!」」」


どこから見ていたのか兵士達が集まってきた。

というか元就に飛びついてきた。

元就が正気に戻ったのがよほど嬉しかったのだろう。


「貴様ら何のつもりだ!!散れ!!!」


『あぁ…元就様だ』


そんな声がいたるところから上がっている。

感動で涙を流すものまでも。

そんな様子を遠目で眺めていた元親は、今日一番深い溜め息を吐いていた。









(この俺に怖いものができちまったぜ…)

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