無愛離愛の厨房担当、スクアーロは困っていた。
手に持っているのは一枚のチラシで、そこには『近日オープン!焼肉屋ミルフィオーレ!』と大きく書かれている。言っちゃ何だが、売り上げもなかなか上がらない無愛離愛からすれば他の店などどうでも良い事なのだが、問題はその焼肉屋がオープンする場所にあった。

「ゔお゙ぉい…マジかあ…」

外に出て深々と息を吐く。無愛離愛のすぐ前には建設途中の大きな建物が立っていて、それが今スクアーロを悩ませている原因でもあった。客が少ない中、それでも何とかこの店を続けて来れたが、目の前にこんな大きな店を作られてしまったら今まで来ていた客まで流れて行ってしまう可能性がある。
辛気臭い顔をしながら店内に戻るとベルとマーモンは暢気にババ抜きをしていた。ルッスーリアは化粧直し、レヴィは何やらこそこそと隠れて本を読んでいて、モスカは立ったままぼーっとしているし(まあ機械だから当たり前なのだが。)ザンザスは長い足をテーブルに置き、ウイスキーを飲んでいた。自分以外の誰も危機感など感じてはいないのだろう。


「ゔお゙ぉい!いい加減にしろお前らぁ!」

昔のお父さんさながら、ちゃぶ台ではないものの店のテーブルを豪快にひっくり返しては(客がいないから出来ることですな。)叫びだしたスクアーロに、無愛離愛一同がぽかんと口を開けたまま動きを止めた。
はらりと落ちたチラシを見たルッスーリアがやれやれと溜息をつく。

「落ち着きなさいよスッくん。」
「誰がスッくんだオカマ野郎が!」
「まあ失礼ね!体は男でも心は立派なレディーなのよっ!」

傷付くわ!ふるふると震えながら涙を堪えるルッスーリアに、うわーキモいとベルが笑いながら言う。ババ抜きも飽きたねとマーモンが持っていたトランプをつまらなさそうに放り投げては、自分が負けそうだからだなと思いながらレヴィが読み終わった本を後ろ手に隠し、妖艶だったと呟いて満足そうな顔をしていた。(ムッツリ。)そして騒がしい状況に眉一つ動かさないのがこの店の店長、ザンザスだ。

「焦ったって仕方なくね?客が来なくなったらそれはそれだしー。」
「客が来ないと店が潰れるんだぞぉ!」
「潰れないよ。だって俺、王子だし。」
「そんなの関係ねえ!」
「あらスッくん、お笑いには全く興味ないと思ってたのに。」
「何の話だ!」

混沌としたこの状況。やはり眉一つ動かさず、だけど機嫌はあまりよろしくないらしいザンザスが残りのウイスキーをぐいっと飲み干す。カランと氷が傾いた音にぴくりと耳を反応させたスクアーロがじろりとザンザスを睨み、バン!とテーブルを力強く叩いた。


「ゔお゙ぉい!お前は一応店長なんだからもっと真剣になれ!」
「あ?何言ってやがるカス鮫が。」

ケンカ売ってんのか。殺気を放つザンザスに一同がその場から遠退く。

「本気でこの店潰れるかも知れねえぞ!」
「カス野郎たちが来なくなって清々するじゃねえか。」

じゃあ何のために店を立てたんだお前は。矛盾すぎるザンザスの言葉にもう何も言えなくなったスクアーロが、がっくりと肩を落とす。(結局敵わない。)その姿を笑いながら見ていたベルが、ふと毎日ではないがたまに訪れるボンゴレ少年たちのことを思い出し、しししと笑い出す。

「焼肉屋が出来たってあいつらだけは来ると思うから大丈夫だって。」

うちの漬け物好きなんだしさと続けるベルの言葉に、ザンザスがものすごい勢いでテーブルを蹴飛ばす。
吹っ飛び、それがぶつかった壁には穴が開いてそれにまたスクアーロが修理代がぁ!と叫んだ。(店長に向いてるのはこいつかも知れない。)いきなりの暴挙に出たザンザスに、やっべ…とベルが冷や汗を流す。
何か気に入らない事でも言ったっけ?


「あのドカス野郎が一番の問題なんだよ。」

ああ、それか!ザンザスとはケンカするほど仲が良い関係(間違ってる。)の、あいつを思い出す。チームボンゴレ最凶のリーダー、沢田綱吉は訪れるたびにこの店の何かを破壊して行くため、確かに一番の問題ではあるのだ。ただ、他のメンバーに関しては売り上げに貢献してくれる大事なお客様という存在ではあるのだが。

「あ、でもよく考えてみればさー、漬け物と焼肉だったら俺は焼肉の方に行くかもなー。」
「ゔお゙ぉい!?」
「あたしも焼肉の方が好きだわ。」

こいつら店員の自覚無し。もう自分だけで何とかするしかない、と諦めるスクアーロの肩をルッスーリアがぽんと叩き、そして何やら諭すような笑顔をにっこりと浮かべていた。
触るな!そう言って睨みをきかせれば、困った子ねと溜息をついたルッスーリアがスクアーロの頬をちょんと突く。

「今までの客が来ない原因はスッくんにもあったはずよ?」
「何だとぉ?」

どういう事だと眉間に皺を寄せたスクアーロが怒りながら詰め寄る。

「あたしやベルちゃんは良いとして、あなた全然笑わないんだもの。」
「楽しくもないのに笑えるか!」
「そうそれ!それが駄目なのよ!」

接客は笑顔が大切なのよ!笑顔を向けてこそ笑顔を返されて、それが次に繋がるんだからね!
鼻息も荒く力説する姿は何とも言い難いものではあったが、言っている事は割と正論ではある。
つまり笑ってれば良いんだなと、ルッスーリアの言葉をすっかり飲み込んでしまったスクアーロがしばし考え込み、そして決意したかのように顔を上げた。




「…どうしたんだよスクアーロ。」
「お前たち変なものでも食ったのか?」

翌日、無愛離愛に来た山本と笹川を出迎えたのは背後に花でも咲かせたかのようににっこり微笑むスクアーロと、手にアイドルの写真集を持ちながら嬉しそうに笑うレヴィ、そしてピカチュウのお面をつけられたモスカだった。
逆に気持ち悪くね?つまみ食いしながら話しかけてくるベルに、ルッスーリアがこんなはずじゃなかったんだけどと小さく呟いた。
接客って大変なのな。

































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