最悪。ぼそりと呟かれたその言葉に、それはこっちのセリフだと綱吉が舌打ちをする。
時刻は真夜中の2時半。流れの穏やかな川のど真ん中で、全身をずぶ濡れにした綱吉と雲雀が睨み合う。
見上げた橋。そこにはきっと、さっき狩ったばかりの奴らが転がっているんだろう。


「キュー…」
「大丈夫、君のせいじゃないから。」

雲雀の腕の中、同じようにずぶ濡れになりながらも二人の様子を心配そうに見つめるハリネズミに雲雀が笑いかける。
いやそいつのせいだろ。苛立った様子をあからさまに見せ付ける綱吉に、涙目になったハリネズミがガタガタと震え出した。可哀相な事しないで。そうやって庇う雲雀の態度も綱吉からすれば気に入らない。


「そんなもの持ち歩くな。邪魔なだけだ。」

立ち上がり、ざばざばと岸に向かって歩く綱吉が振り返る事もなく遠ざかって行く。
浅い川のため座っていても水は雲雀の腰までしかないが、いつまでも座ったままではいられない。ぶるりと寒さに身を震えさせながら、遠くなる綱吉の背中を見つめる雲雀が立ち上がるために足に力を入れる。
ばちゃん、と再び腰を下ろした時には雲雀の視界に綱吉はもう見えなくなっていた。


「キュー…?」
「…少し待って。」

痛む足が立ち上がる事さえ困難にさせる。
ハリネズミの散歩を兼ねての綱吉との仕事。たまたま獲物がこぞって集まっていたのは高い橋の上で、しかし場所など綱吉や雲雀にはたいした問題ではない。
逃げ回る奴もいれば果敢に立ち向かってくる奴もいた。雑魚がどれだけ集まっても所詮は雑魚。何の問題もなかったはずなのに、まさか学ランを翻しながら雲雀がトンファーを振り回し続けた結果、ポケットに入っていたハリネズミが吹き飛ばされてしまうなんて。


「ロール…!」

慌てた雲雀が思わず飛び出してハリネズミを掴むが、気付いたら下は川。
橋の高さは約18メートル、うまく着地出来たとしても骨は折る事になるだろう。そう覚悟した雲雀が目を閉じ、襲い来る衝撃に身を固くした。


「何してんだお前。」
「……君…」

響いたのは水に叩き付けられる大きな音。しかし思っていた程の衝撃はなく不思議に思った雲雀がそっと目を開けると、そこには雲雀の下敷きになるような形で綱吉が頭からずぶ濡れになっていた。
跳ねた水をかぶった雲雀も同じように頭から濡れていたが綱吉ほどではない。
自分の失態で綱吉に迷惑をかけた事に対して思わず呟いた最悪という言葉。素直にお礼を言っておけば良かったかなと今更ながら後悔してしまう。


「………」

ズキズキと痛みを増す足首。ただの捻挫だと思うが、庇ってもらっても避けられなかったケガ。直に落下した(しかも背中から。)綱吉はさっきまでの姿を見るとどうやら無傷らしい。
どこまでも人間離れしてるなと思いながら、もう一度立ち上がるために足に力を入れる。だが、すっかり冷えた体は言う事を聞かず雲雀を水の中へと戻した。


「キュッ?」
「……?」

ブォォンと荒いエンジン音が近付き、猛スピードで現れ急ブレーキで停まったのは見覚えのある車。
乱暴にドアを開けて出て来た人物を雲雀が見つめていると、足早に向かって来るその人物が雲雀の腕を掴んで引き上げた。


「車までなら歩けるだろ。乗れ。」
「…帰ったんじゃなかったの?」
「車を取りにな。」

歩けるだろと言いながらも、綱吉が軽く雲雀を抱き上げる。身長差を感じさせない腕力はさすがだ。(言ったら怒られるけど。)
後部座席に乗せられ、これでも被ってろと投げ付けられたのは毛布。車内の暖房も1番強く設定されていて、寒さに震える体にはとても有り難い。
まじまじと見つめた綱吉もまだ濡れたままで、きっと家に帰ってからすぐに来てくれたんだろうというのが分かる。


「ねえ。」
「………」
「ねえ。」
「………」
「ねえってば。」
「うるさい。」

突き放すような言い方なのに、全然そんな感じがしないのは何故だろう。


「ありがと、う。」

恥ずかしさのせいからか、変な所で口ごもってしまった雲雀のその様子をバックミラーで見ながら綱吉がにやりと唇を歪めた。
素直って難しいんだね。
すっかり眠ってしまったハリネズミに語りかけるように雲雀も目を閉じる。


「お前は下の口の方が素直だからな。」
「…勝手に人の心読まないでくれる。」

読心術だなんて、何ともプライバシー無視の技を身に付けているせいで綱吉には全てばれているけれど。
まあ帰ったら下の口にたっぷり素直になって貰うけどなあ?
全身から沸き出す黒いオーラが綱吉を包み込むのに、聞こえないふりをした雲雀がごろんと横になる。


「ねえ。」
「今度は何だ。」
「ねえ。」
「だから何だよ。」

何でもないよ。くすりと笑った雲雀が頭まで毛布をすっぽりと被る。
置いて行かれたと思った時に言い知れぬ不安を感じた。けど今は呼びかけたらすぐに返してくれる距離にいる。
ねえ。今、返事をしてくれて嬉しい。少しだけ。


「お前な、そういう事こそ口で言え。」
「君はたまにすごく鈍感だよね。」


少女漫画にはほど遠い。(きっとキラキラしたトーンが飛び交う場面だったはずなのに。)
お前が言うな。荒くなった運転に、何が?と雲雀が問う。
TPOを無視した鈍感を発揮するのは、結局のところお互い様なのだ。(二人に限らないけどね!)



























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