【Extra## Collection】

□《Heart of different colors》
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エントランスから小走りに駆けてきたなるほどちゃんは、広げた腕の中へ飛び込むようにして抱き付いてきた。
オカエリと言って抱き締めると乾ききってナない髪から、つい先刻通り過ぎたオードトワレの香りがして、普段と真逆のシュチュエーションにボクはチョッピリ笑ってしまう。

胸元に頬を擦り付けて、見上げる丸い瞳は酷く不安げだけれど、とてもキレイに澄んでいる。
長く隠してきたモノを昇華したらしい蒼いコは、気付いたココロに戸惑いを乗せてボクの応えを求めていた。


「今夜はデータを回収したいんだケド、付き合ってくれる?」

「はい。……⁉」

「……ン!じゃあ、行こうか」


だから、未だ少ぉし汗ばんでいる額に神ノ木ちゃんを真似て、オカエリのキスなんかをしてみた。
するとクリクリした瞳が驚いたようにチョッピリ震え、不安は滲む海水となってボクの海原に帰ってきた。

そんな蒼の猛毒を懐に抱えて、乗り込むリムジンの広い車内。

月影も無い憂愁の海でキミが溺れてしまわないよう、今宵はずっと抱き締めたままでいるよ……なるほどちゃん?





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Extra##
《Heart of different colors》

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翌朝、穏やかに繰り返される波の音で僕は眠りから覚める。
何時ものホテルじゃない此処は、海辺を見渡せる戸建ての別荘だ。

昨夜は被験者として記憶に残る全てを……それが今の僕にとって、どのように繋がる過去になったかを包み隠さず話した。
何時もなら甘えて求めるシルクの海で、ずっと抱き締められたまま報告を終えて───僕は特別なご褒美を貰ったのだった。

彼と過ごした時間にコールを取れなかった事に関しては、特に尋ねられる事も無く。
逆に僕の方から遠回しに懺悔の気持ちを伝えても、咎められる事は一切無く、『チョッピリ妬けたよ』と笑うだけで、それが不貞だとは全く感じていないようだった。

そんな姿に不安を駆られた僕は、何故か必死に気を引こうとして甘えた。
……けれど、それは見事な肩透しを喰って、逆に滅多に貰えないご褒美を僕の中に沈めてくれたのだった。

そんな夜の余韻を残した広いベッドの上で、微睡みの中を打つ寝返りは心地良い。
でも本当は、いま隣に貴方が居てくれたならと───愛おしい痛みを下肢に感じつつ小さな蹴伸びをした時だった。

バスルームの辺りからカタン、と小さな物音がして、伸びた脚が途中で止まる。
反射的に顔を反らせてベッドサイドを見たけれど、あの人の私物は既に無く、普段と変わらない独りぼっちの状態だ。

昨日ゴドーさんに散々甘やかされた後遺症は、そんな淡い期待なんかを浮き立たせてしまっている。
あんな抱き方をされたら僕じゃなくとも……と、蘇るもう一つの想いに酷く気落ちした。

柔らかな枕に残る独特なコロンの香りを抱き締めながら、昨日の甘いオードトワレを思い出している。
焦がれ過ぎて捻れた想いの果てが、同じ苦悩を真似るような結果になるなんて思いもしなかったから。


(僕等は……誰も幸せになれないのかな)


深く潜り込んだ羽根布団の中にそんな独り言を呟いて、深い溜息を一つ漏らした時だった。
ベッドが不意に上下に揺れ、スプリングが軋む。

途端に脳裏を過る、また見知らぬ誰かに宛てがわれたのかもしれないという不安。
でも此処は息掛りのホテルとは違い、プライベート感の強い別荘だから、余程の事情が無い限りそれは有り得ない。

とすれば、帰りの足として此処に回されたSPか、帰ったと見せかけて実は隣室の小さな書斎に居た巌徒さんか……二つに一つ。
後者だったらいいなという淡い期待もあって、僕はそっと布団の暗闇から顔を出してみた───が。


「おはよう」

「ひ……!?」

「ン?まだ、もう少し眠る?」


頭上を覆うようにして、ホラー張りに僕を覗き込む顔がニッコリと笑う。
予想の二択外という緊急事態に、金縛りを伴った見つめ合いを暫くの間続ける形になってしまった。

額の毛穴から吹き出す冷汗が一筋流れ落ち、それでも変わらない笑顔に硬直していると、正体不明のその人は少し首を傾げ、ああ…と一言呟いて。

今度は満面の笑みを浮かべて僕にこう言った───『A Jag I Ink To』と。


「あ……!」

「ベッドの上では、これが二度目の出会いかなァ───なるほどちゃん?」


メモリー・ブロックという被験後の副作用なのか、僕はすっかりその姿を忘れていた。
『谷垣 丈』という偽名も、種明しをしてくれた日に甘く激しく抱かれた事も、全部。

途端に解けた緊張に合わせ、『巌徒さん』と漸く言葉にしたけれど。
淡い期待が現実となっているのに、それが余りにも方向違いなサプライズ過ぎて、名を呼ぶ以上の言葉を失ってしまう。

そんな僕の頬に軽いキスをして、若い巌徒さんは黒革の手を差し出しながらこう言った。

『さぁ、ナニして遊ぼうか?』───と。





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