【Extra## Collection】

□【Sympathy】
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「今日の狩魔クンは、レアだったなァ」

「……意味が解らぬ」

「ほら、ココ……ピアスが無い」

「…………ツ」


少々熱めのシャワーが躰を流れ落ちる中、硬く隆起した腕が両肩に絡んでいた。

求めてきた代償を払い、躰を洗い流しながら独り、本日の入手品を提示する道筋を考察したかったのであるが。
装飾を失った耳朶を甘嚼みつつ、其の穴すら舐ろうとする愚行に眉根を寄せていた。

事は済んだというのに、それでも足りぬと言いたげな巌徒がバスルームにまで私を追ってきたのである────


「法廷前にはあったから……失くしたとしたら、その後だね」

「フン……代わりなぞ、幾らでもある」

「ボクが選ぶよ。狩魔クンに映える、アレよりもいいやつを。失くしたらまた、買えばいい」


それが存在しないと気付いたのは、閉廷後。
日頃から手癖の悪い巌徒の仕業かとも思ったが、流石に其れを為す神技など持ち合わせてはいない。

……とすれば、やはり何処かに落としたと結論付けるのが道理であろう。


「要らぬ。後々に面倒だ、色々と」

「見返りなんて期待してないけどさ、別に───」

「装飾品なぞどうで……もッ……う……フ……」

「ボクは狩魔クンが、綺麗なままで居て欲しいだけ、なんだ……」


ソープを絡ませたらしき指先が後孔に沈み、内部を掻き出す様な送出が続いた。
体内に残るドロリとした液体は泡を絡ませながら内腿を伝い、温水と共に爪先を擦り抜ける。

つまらぬ言葉。
下らぬこの、行為。

堪り兼ねた躰を支えるべくタイルの壁に両手付き、その愚行が過ぎ去るのを待った。止めろと言ったとて、素直に聞く男ではないのだ。

流るる水の中、閉じれぬ唇を不快に感じながら、意識を保つ為だけに想う、失くした装飾品の行方。


(あれが我と縁深き物と成るならば、何れ…)


多少気に入りだった、その石。
いつ頃にどの輩から捧げられたものかも解らぬ、それ。
ガーネットローズよりも色濃い深紅は、己の血と良く似ていた……其れ故に。

再び耳朶に触れる指先から、今は形無き装飾品に思いを馳せる─────



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【 Sympathy 】
〜 Tomorrow when
it's also nameless〜

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エクスタシーに灯を付けて、地裁のカフェテラスから窓の外をボンヤリと眺めていた。

法廷は先程済んでしまったし、その入れ替わりで狩魔くんも法廷入りしてしまっている。
次に持つ案件の資料なんか読む価値すら無い。あったとしても、目を通す気にもなれなかった。

最近は余り面白い事も無い。
捜査官の時は日々、犯罪の幕の内弁当状態だったから退屈はしなかった。

やっぱり退屈が一番の敵だなァ、と。
エクスタシーを深く吸い込んで吐き出した時だった。

背後に聞き慣れた靴音が止まる。
違う意味での天敵に見つかってしまったのだ。


「相席しても宜しいですか、巌徒さん?」

「なァんだ、信ちゃんか」

「……まだ路傍の石ですかね、私は」

「そうだなぁ……賢者の石にはまだまだ程遠い、かな」


嫌味込みの戯れにも負けず、信ちゃんは淡い笑みを浮かべて対面に座る。

あの事件に巻き込まれて以来、彼はボクを見付ける度に話し掛けてくるようになっていた。

ボクとしては、主人に従順な仔犬に絡まれ、それが仔犬故に邪険にする事も出来ない───そんな感じだ。
まぁ、ひと回り以上も歳が離れているのだから当然だと思っている。


「そういえば、お二人に内示があったそうですね」

「ん?……ああ、アレの事か」


ウエイトレスに珈琲をオーダーしながら眼鏡を外し、信ちゃんが話題を振ってくる。
一瞬返答に詰まったのは、眼鏡の無いその素顔を見たせいだった。

憂いを想わせる、長い睫毛。
凛とした、切れ長の眼。

真面目ぶった黒縁眼鏡に隠すソレを、意外にも嫌いじゃないボク自身に、意図しれずの苛立ちすら覚えている────


「同期での上級検事昇格とは滅多に無い事例らしいですね」

「まあね。お陰で部屋は個室になるし、案件の振り分けやら、クッソ下らない会議の座長やら……想像しただけでもウンザリだよ」

「名誉に責務は付き物ですよ。……改めまして御目出度う御座います、巌徒さん」

「新人弁護士は気楽だねぇ……未来に恐れとか知らない子供みたいだ」

「いや、恐れは無くても不安は有るんですよ……」


皺一つ無いスーツから眼鏡拭きを取り出し、これまた几帳面に細部までを拭き上げながら、信ちゃんの言葉が詰まり出す。

ああ、また困ったコトを言う────直観的にそう感じたボクは煙草を揉み消し、冷めかけたハーブティを口に含んだ。



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