12/05の日記

02:36
昇華
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感情をうまくコントロールできない。

ふとした瞬間、自分の血を見たくなる。

自分のだ。
でも、傷つけることはできない。
繰り返すのにも限度があるし、危険だ。
傷がつくことは人体にとって異常なことなのだ。

でも私が子供の頃は、血は汚いもの、毒のように思っていて、誤ってデカビタのビンのアルミ製の蓋のリングで小指を切ってしまったときでも舐めようとは思わなかった。

それでも、歯が抜けたときに感じた鉄の味は血の味なんだなと漠然的に思っていた。

怪我をして血が出ても舐めようなんて思わないし、今も思わない。
でも、唐突に、見たくなったり、舐めたくなったりするときがある。
そうなると、気分が悪くなるくらい何とも言えない気持ちになる。
今の自分は大分正常で(そう思いたい)考え無しに自分を傷つけることは無くなった。

ほんとに、ただ血を見たくて、その後のことを全く考えていなかった。
普通だったら、周りに迷惑がかかるとか、傷の手当てが面倒だとか、最悪命に関わるからやめようとか、後々のことを色々と予測できるだろうに。
頭の中は、血で一杯だった。

決まって精神的に追い詰められるとそうなる。
痛みで、恐怖から逃れて、非現実的な血の味で誤魔化し、わざと狂人を演じる。
手当ての時に使った血が染みたティッシュの匂いを嗅いでやっと落ち着き、眠りにつく。
今も、大分不安定だ。
だから、自分の血の味を想像する。

あっさりした鉄の味。
あたたかくて、少し甘い。

そう想像するだけでも少しは落ち着く。
こうやって書くだけでも。

ナイフ使いのピエロは、自分の身体を神業的に切りつけても血が出る前に塞がっちゃう。
血が見たいのに不思議な治癒力で流れない。

開いた傷口にビックリして血はすぐには出てくれないんだ。
でも、一度出るとビックリするほどに止まらない。
ぶわっとあふれて、たらたら、たらたら、止まらない、ああ、溢れてしまう、床を汚してしまう。
腕を下げれば糸のように掌を伝い、指先から垂れる。
普通はこうなる。
普通はこうなるのに、痛みを感じることすらできないピエロはわからないまま。

舐めても、舐めても、あふれて来る。
傷口に唇を押し当てて、止めるしかない。
これは、現実じゃない。
無意識にやっている。
非現実的な行為。
まるで夢の中にいるよう。
それも悪夢で、目が覚めたら後悔するような悪夢。
ずっと悪夢の世界に取り込まれていたかったと。
狂ったピエロに手を掴まれて、混沌とした狂気の世界に誘われる。

「なあ、血の味ってどんな味なんだ?」

「他人の血は汚いわ」

「お前から流れ出ている血をおくれよ」

「私があなたを傷つければ良いんだわ」

そして少女は指差した。
ピエロは苦笑した。
それは無理だと。
自分のナイフでさんざん試したと。
少女は、それでも引かなかった。

「やってみなきゃわからないわ」

「でも」

少女はピエロの手首を手にとって、ナイフを当て、スッと押し切った。
どうせ無理だと、あらぬ方向を見ていたピエロの目が、数十秒後、動揺した。

手首から、何かが伝うような感覚がある。
慌てて目を向けると、そこには真っ赤な血が溢れていた。
傷口は血で全く見えない。

「ほら、簡単でしょ。これ、返すわね」

少女は牛乳を拭いた雑巾でも持つような感じでナイフの柄を持っていた。

「あ、ありがとう。おまえ、どうやったんだ?」

あまりのことにピエロは呆然となった。
何であれ、傷がつき、血が流れたことは無かったから。
少女は当たり前のことをして、当たり前のことがおきただけだから、返答に困っていた。

「血、味、確かめないの?」

ピエロは言われるままに、自身の手首に口をつけた。
血を吸い、口の中で味を確かめる。
鉄の味だ。
全く美味しくない。

「不味いな」

「人間の体液だもの、美味しいわけないわ、母乳は美味しいみたいだけどね。赤ちゃんの頃なんて覚えてもいないけれど」

「何で母乳?」

「母乳は血の成分でできているからよ。だから、赤ちゃんは人の血を栄養源にしているようなものなの。でも母乳は白いから、ただの血よりもずっと栄養があるんでしょうね」

「詳しいな」

「読書が好きなの」

「お前はこの味が好きなのか」

真っ赤な唇が問う。

「私は吸血鬼だもの。それが無いと生きていけないから」

「でもおまえ、さっき他人の血は汚いって」

「そう。だから自分の血しか飲まない。血は私たちにとって薬みたいなものよ。定期的に取っていればずっと不死身でいられるってだけ。人間が食べるような普通のも食べるし、普段はそうしてる」

ピエロはいつの間にか手首から溢れる血をゴクゴク飲んでいた。
ビックリするほどに止まらない。
少女は驚くほどの力で切ったらしい。
とはいえ普通は直ぐに傷口が塞がるはずなのだが。
少女は不安になった。

「不味いけれど、うまいな。ビールみたいなものかな?」

「あまり流しすぎると、死んじゃうよ」

「俺は死なないよ」

「何で?」

「だってこれは夢だから」

そうだ、これは夢。
だが、俺は夢の世界の住人。
無傷のピエロ。
死んだところで、夢だから、現実の俺は生きているだろう。
そしてまた夢を見て、俺が生まれる。
にしても、ハハッ、血なまぐさくなっちまった。

「ありがとう。初めての体験ができたよ」

「普通のことをしただけよ。血管を切って血を流しただけ」

「ふふっ、そうか。なら、また飲みたいときに頼むよ」

そういっている間にもピエロの傷口は塞がりつつあった。真っ赤で見えないが。
自分でやれば良いじゃない、と少女がぶつぶつ呟いた。

「おまえだったら、俺を殺せるかもな」

と、ピエロは言った。
屈託の無い笑みで。


おわり

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