おはなし

□※無慈悲な家族
1ページ/2ページ

一つの衝動に囚われるときがある。
真っ赤な衝動。
沢山見てしまった故に、もう元には戻れないところまで来てしまった。
昏い欲望。
得も言われぬ香り。―それは花の香りの如く脳にまで響く。
様々な赤、赤、赤。―一度見れば吸い込まれてしまいそうな赤。
甘い、としか言いようもない、一度味わえば忘れることのできないそれは劇薬のようだ。
誰もが意味嫌う、しかし常人には中々お目にかかれない、だからこそその欲望は深まるばかり。ため息しか出ない。
血が欲しい。
それは逃避に過ぎないのかもしれない。
私はただそれが為に人を食べているというのだろうか?
そんな訳ではない。
人が豚や牛を食べるのと同様に、私たちは人を食べるのがごく自然の生き方なのだから。
私は人でない故に人の法に裁かれるということは断じてない。よって罪の意識を持つ必要も無い筈だ、なのに。
私の分身足る存在は愚かにも、常に罪悪感に苛まれている。これが良心と言うものか?
人は、豚や牛を食べて罪悪感で一杯になるのか?
一部の信者を除きそんなことをいちいち考えるものはいないだろう?
愚かとしか言えない。
彼はなんの罪の無い人を殺すなんて嫌だと言う。
牛や豚とて同じであろうに。
彼は人は家畜じゃないと言う。

「ほう。私は人をも家畜と思っているが?牛や豚のようにわらわらと大量にいるじゃないか。それだけ大量にいるのなら、一人や二人いなくなっていてもなにも代わりはしない筈だが」

「僕わからないんだ。どうしてこんな感情になってしまうのか。君は遺された家族の気持ちを考えたことがあるの?」

「家族」

私は一言呟き暫く考えた。何故、家族という言葉が出てきたのか理解できなかったからだ。そして言った。

「わからない」、と。

彼が激しく落胆したのが空気で良くわかった。

「もし、僕達のお母さんが亡くなったら君はどう思うのさ」

「マリーか。奴に死はあり得るのか?


それは素直な答えだった。

「わからない。もういいや」

これ以上話しても平行線。だらだらと説教垂れるのは毛頭なかった彼は半ば強引に話を打ち切った。

「なら、無駄話は仕舞いにしよう」

「そうするよ(僕の言わんとしていることなんか君にはわかりっこないんだ)」

私の思考から彼の意識が掻き消えた。
私は彼を理解できない。
私は彼でもあると言うのに。
私と彼は同じであるが、違ってもいる。
私は二人いるのだ。
少年の彼と青年の私、それぞれが生まれたときから今の姿のままでいる。
主導権を握れば成長もするし退化もするのだ。一つの個体に二者が共存している故の現象だ。
私の名をハトとするならば、今の私は成長したハトになり罪悪感で一杯になっている方が少年のハトだ。
考えてみれば15ほどの歳しかない彼に食人というのは刺激が強すぎる行為なのかもしれない、つまり未熟と言うことだ。
私にとって人と言うのは知能のある食物程度の認識しか無い。
怯えきった表情、を見る間に殺すことは容易いのだが敢えてその表情を楽しんでからやる時もある。
知能があるゆえに命乞いも多彩だ。
そこも、ただの動物とは違う点で面白いところだ。
人は面白い。
こんなに面白い食物は他に無いくらい。そしてたっぷりと詰まっている臓物はどの物よりも素晴らしく食欲を唆るものだ。
甘味な血の海に漬かった臓物。
それを引きずり出すときに聞こえる人のうるさい声。
黙って欲しい。それさえなければ尚良い。
故に私は先に喉を潰すのを…失礼、喉を囓り機能しないようにするのを怠らない。
叫びたくても叫べない、そんな人の表情を見るとドキドキするよ。
目玉が飛び出るほどに開いて、手足をばたつかせて、ばたんばたんとうねる胴体。剥き出しの肋骨、それでも健気に動く心臓。
永遠に無いと思われた心臓に光が差し瞬く間に陰った。
血濡れの心臓を綺麗にするかの如く優しく舐めとられ、弾力のあるそれは意図も容易く噛み千切られた。
声になら無い叫びは空気だった。
それは血濡れの人体模型の様にひどく人工的に見えた。
最早それは生きていないからだ。
横たわるそれは肉屋に売られる肉塊と大差無い。人から見ればグロテスク、それだけだ。
彼はそれを美味しく頂いた。
彼は己の存在を呪った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ