おはなし

□※食愛。
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 やさしく頬を撫でる。
 これは、私のもの。

 舌を出す、舌の尖端から涎が落ちる。それは膨らんだ胸に落ちた。その胸は激しく上下していた。
 彼の目がちらと動く。長い黒髪が目に映る。彼女と目が合った。
 口許は僅かに開いたこの表情は憂いとでも言うのだろうか。
 直ぐに視線を胸、腹へと下降していくと紅い血潮が流れていることに気付く。
(自分がやったことだ)
 その紅には艶光る白いものが僅かに見える。腸だった。
 下腹部を手刀で縦に振り裂いた。頑丈な爪でパックリと裂けたまで。
 そのあとに響く悲鳴が楽しみであったのだがいっこうにその嬉しい叫びが聞こえない。
 そのときに初めて顔を見た私は、気付いたら彼女の胸元を裂きそれはそれはやさしく愛撫していたのだった。
 私は惚れっぽいのかもしれない。

 女はまるで人形のようだった。
 激しい痛みがあるにも関わらず儚げな笑みを浮かべてただただ私を見ている。
 私はずっとその眼差しを見ることはできない。
 腹部に手を当てたらどくどくと振動が伝わってくる。
 血は流れたまま女の背を濡らしている。
 私は舌をつつーと下降していきその腹を舐めずる。
 そして傷口に行き当たった。
 血の味がしてハッと我に返った。
 何のために私は女を襲ったのか。
 溢れる血を飲んだ、飲んだ、飲んだ、その度に思い起こされる欲望。私の食道が紅く染まりこびりつく。
 顎を使い貪るように飲んでいた。このまま腸を引きずり出そう。
―そのとき。
「うぅ、ああ」
 女が初めて声を発した。僅かに息と混じる程度の大きさだったが。
 そして再び私は我に返った。
 女を見るとリンゴのように頬が真っ赤になり口が先程よりも開きはあはあと息をしていた。
「おまえは痛みを感じないのか?なぜそんな顔で私をみる」
 表では冷静を装っていたが私の心臓は高鳴りうるさいくらいだった。
 食べてしまいたいほどに愛しているという言葉がある。だがそんな言葉は私にとっては意味をなさない。
 文字通り私は食べてしまうので、それでは愛せなくなる。
 私の言葉でいうのなら、食べたくなくなるほどに愛してしまった、になるだろう。
 女は顔を背け、私の頭に手を宛てた。
「もっと、やって」
「……………………」
 私は顔をあげた。
「どうしてそんな顔でわたしを見るの?わたしの身ぐるみ全部ひっぺがしてこんなことまでしちゃったくせに」
 とお腹を撫でる。
「わからない」
「は?」
「君が何故苦しまないのか、何故普通に話すことができるのか、何故そんな表情で私を見るのかわからず戸惑っているんだ」
「そんなこと、取るに足らないことだからよ。私はただあなたを眺めているだけ」
「取るに足らないって内臓が飛び出してるのにか!?」
 刹那、私と女の体勢が逆転した。
 女が勢いよく起き上がり私の胸ぐらを掴み軽々と持ち上げ押し倒したのだ。
 私のそこそこ長い灰の髪がなびいた。
 女が私の上に四つん這いになったとき、生臭い芳醇な内臓の香りがした。
 彼女は私の口に今や垂れた腸を押し付けこう言った。
「もっと、して」
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