□抱擁2
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 それはあまりにも突然に起きた。
 黒い衣装の道化師ラファエルは、銀髪の吸血美女ノラを抱きしめた。


 ほとんど昼でも夜に等しい鬱蒼とした森の中、今宵の月明かりはこれでもかと蒼白い光を放つ木々に埋もれた中一つ、空にぽっかりと穴が開いたような空間ではまるでステージのスポットライトに当たったかのように地面が明るい地点があった。
 そこはノラのお気に入りの場所であり今宵もその場へと来た。
 少し小首を上げるほどの背の高さの彼と。


 絹のような滑らかな肌触りがした。
 ノラは驚きを隠せないでいた。
 実は彼のこのような突拍子の無い行為はいつものことで慣れっこになっていたのだが抱きしめられたのは今回が初めてだったからだ。
「どうしたの?いきなり」
「わからない」
 即答。
 何の理由もなく私は抱きしめられているのか。溜め息をつきたくなる、でも手はしっかり腰に当たっていた。
 理由もないのにこんなにしっかり抱き締めるわけないでしょ?
 なんだか無性にイライラしてきたので何か言ってやろうと思い顔を勢い良くあげた。
「はっ」
 ノラの喉元まで出かかった言葉が一気に引っ込んだ。

 心地の良い風が靡き木々がざわざわと鳴る。
 そして静寂。動物たちも寝静まる真夜中。
 ラファエルの眼、それは、心情を読むことも憚られる如き真剣な眼をしていた。それはどこか思い詰めているようにも見える。
 真っ直ぐな眼で何か一点を見つめているようでいてしかし何も見えてはいなかった。
 それはまるで己自信に向けられているような気さえしたのだ。どこか困っているような、ただ単に何も考えていないようにも見えた。
 ノラはなんだか見てはならないものを見てしまった気がして慌てて下を向いた。反動でコツンと頭が胸に当たる。
 ラファエルの腕は尚もノラを抱き締めている。何かを恐れているかのように。
 このままずっと続くのかと思ったときだった。ぼそぼそと小さな声でそれは言った。
「実は恋って感情もわからなかったりするんだが、こういうことを言うのか?」
「え?」
「だから、この行為は恋なのか?」
 焦りからなのか苛ついた声色だった。
 ノラは笑ってしまいたくなった。でも、こんな状態で怒られても嫌なので思ったことを口にした。
「嫌いな人にまずこんなことしないわよね。愛情があるから抱きしめるのよ」
「だが、こうやって抱き締めても実際なんの感情も湧いて来ないんだが」
「じゃあなんでこんなことしたのよ」
 ノラは優しげな口調で言った。
「わからない」
「そう」
「ただ、身体が、勝手に動いたんだよ。何故か、無性にこうしたくなった」
 ノラはこの言葉を聞いてやっと安心することができたのだった。
「恋って、そういうことをいうのよ」







おわり。
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