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□瞬過終逃
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小さい丘。夏には草の匂いのする、春には数本生えている桜の木が花を咲かせる、小さいけれど四季の移り変わりを感じさせてくれる丘が、ヒカリは好きだった。
自宅の窓から見えるその丘で、赤や茶色の葉がひらひらと舞っている。秋だ。
自宅の庭にある金木犀の花の匂いからしてわかってはいたけれど、それだけでは秋が来たという確信が持てない。
薄いパーカーを羽織り、外に出てみた。
マンションの廊下にはいくらか枯れ葉が落ちていて、また秋だなと思う。
サカサカと、葉を踏む度になる音。落ち葉がそよ風で渦を巻く。どれも、秋だ。
足りない。足りない。足早に丘へと向かえば、マンションの廊下とは比べものにならないほどの落ち葉が敷き詰められていた。
よく落ち葉が絨毯のように、という表現を見かける。絨毯のように。これは絨毯なんてものではなかった。まるで海のようだ。
風が吹く度に木々が揺れ、葉が落ちる。哀れフレディ。
近くの通りに生えているイチョウの葉もよく落ちてくる。
落ちてきたまだ緑色のイチョウの葉をキャッチしようと手を伸ばした瞬間、落ち葉に足を滑らせて転んだ。

不意に聞こえた笑い声に、慌てて体を起こして振り返れば、紅葉したイチョウの葉のように黄色い髪の少年がこっちを見て腹を抱えて笑いながら指をさしていた。

「パンツ、まる見え」

羞恥と驚きが同時にやってきて、どうしたらいいのかわからなくなる。
さも最初からそこにいたかのように、丘のふもとにある車を侵入させない為の石柱に腰掛けている。
逃げよう。もういいじゃないか、じゅうぶんに秋を感じた。それでいいじゃないか。
言い聞かせて、自分を妥協させる。
また今度じっくり堪能すればいいだけの話。

「ここはさ、相変わらず変わんないよな。ここも、お前も」
「以前ここに住んでいたことが?」

無視して帰ろうと決めていたはずなのに、心から懐かしんでいるような哀愁が混じった声で喋るものだから、思わず聞き返してしまった。
途端に彼の顔から笑顔が消えて、少し鋭くなった視線を下に向けて、それから目を閉じて息をすうと空を仰ぐように上を向いて深呼吸をはじめた。

「まあそんな感じ。この土手、いいよな」
「土手?」

ぽろりと出てきてしまった言葉を恨めしく思いながら、きょとんとした顔をしている少年に向かって言葉を続けた。

「ここ、丘じゃないの」
「俺は土手って呼んでたけど。ほら、丘ってほどでもないだろ」

ひらひらと落ちてきた葉を何気なくキャッチしたあと、少年が立ち上がった。カサリ、と落ち葉が悲鳴をあげる。

「私のことを知ってる?」
「さあどうでしょう」

よし、もう充分だ。退却しよう。付き合っていたらキリがない。
ここに前住んでいようが、自分のことを知っていようが、この場所を土手と呼ぼうが、どうだっていい。
ただ、彼に出会った瞬間あの童謡のように秋をようやく見つけた気がした。

「あ、ジュン」

思い出して名前を呼んだときにはもう、彼の姿はどこにもなかったけれど。
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