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□葛藤の中でおいしく
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朝起きてふらつく足取りでリビングへ向かうと、ヒカリが朝ご飯を作っていたりすることがある。ダディは基本いないけど、母さんが出かけてたり仕事があるときなんかはヒカリがいる。
もう慣れたけど、不思議な感じはしなくもない。
昔は母さんが作り置きしておいてくれたものや、インスタント食品で済ましていたのに、ここ数年は料理を作ってくれるようになった。

「おはよう」
「あ、おはよう。今起こしに行こうかと思ってたよ」
「これ、食っていい?」
「もちろん」

コーヒーを啜り、少し冷めたパンをかじる。目玉焼きはいい感じに半熟。母さんの味付けとは違うソーセージに、綺麗に切られたフルーツ。
生活力のなさそうなヒカリが、よくもまあこんなことができるようになったものだ。
カレーだろうが肉じゃがだろうが、何でも作れるようになったのはやっぱり意外だった。

「料理すんの好きなのか?」
「私の料理っておいしい?」
「すげーおいしい」
「じゃあ好き」

変なの、と思ったけれど口には出せない。
おいしいと言ってもらうのが好きなのだろうか。まあヒカリは料理が好きでやっているようには見えない。だからこそ、何でわざわざやってくれているのか知りたかった。
食べ終えた皿を片付けようとした瞬間、ヒカリの目が綺麗に残された目玉焼きの白身を捕らえたのがわかった。
やべー忘れるとこだった、とか適当なことを言いながら口の中にそれを放り込んだ。
白身は味がしないから嫌いだ。


ヒカリが食器を洗っている音を聞きながら、椅子に座ったまま何となくテレビを見る。手伝おうかと声をかけたいような気がしなくもないけど、ちょっと面倒で。じゃあやっぱりいいやなんて思っていたら、皿洗いを終えたヒカリが正面に座った。

「お昼、なに食べたい?」
「麺類」
「了解」

何を言うわけでもなく、するわけでもなく、ただ座ってテレビをぼんやりと見ていた。
太陽が雲に隠れたり雲から出たりするせいで、日当たりのいいリビングは暗くなったり明るくなったりする。光の加減を眺めていたら、ヒカリがこっちをじっと見ていることに気が付いた。

「なんだってんだよ」
「いや、なんか」

ヒカリは笑いながらそれだけ言うと、席を立った。
ヒカリがリビングを出ていくということを、なぜか寂しいと感じている自分がいた。
よくわからない。
なんで寂しいと感じたんですか?と聞かれたらそれこそいや、なんかといった感じだ。
ずっとここにいたって、何をするわけでもないのに、どうして一緒にいたいと思ったんだろう。
考えても答えが出ないことにイライラして、テレビを消した。こんな風に簡単に気持ちを切ったり付けたりできればいいのに。



「ヒカリはなんで料理するんだ?」

昼ご飯のパスタを巻くのに四苦八苦しながら聞けば、ヒカリは黙り込んでしまった。
聞き方が悪すぎた、せめてヒカリが料理を始めたきっかけって?とでも聞けば良かったか。
後悔の念でますますパスタをうまく巻き取ることはできない。いっそのこと皿から掻き込むか。でもヒカリをこれ以上不快な気持ちにさせたくはなかった。

「いや、なんか…なんかね」

また薄く笑いながらそんなことを言うヒカリは綺麗にパスタを巻いて口に運ぶ。その様子をじっと見ていたらヒカリの唇に目が行っていることに気付いて急いで目をそらした。

「これもそうだけどさ、いつも料理うまいよ」
「ありがとう」
「あとさ、パスタ上手に巻けるのもすげえ」
「簡単だよ?ジュンは多めに取りすぎるからボンバーしちゃってるんだよね」
「それから、バトルも強いし、」
「なのにコンテストでも優勝しちゃうし、」
「なんていうかさ、その、」

なんていうか。
ヒカリが言葉を待ってくれている。
太陽が雲に隠れたらしく、部屋が暗くなっていく。今はスイッチを付けるべきときなのに、付かない。

「ごちそうさま」

皿から口にパスタを流し込んで、俺は席を立った。
ヒカリがどんな顔をして一人で食事をしているのかが安易に想像できて、俺はもうリビングにはいたくなかった。
いつからこんな風に。昔の自分はどんな接し方をしていたんだっけ。
何か、自分の中から欠けてしまっているような気がして虚しくなった。
いつかスイッチを付けた画面をヒカリに見せることができたら良い。そう思った。

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