book

□過去を流せ
1ページ/1ページ

グラウンドを打ち付ける雨を見ていたら、いつの間にか下校の時間になっていたらしい。
砂のグラウンドにはいくつかの水溜まりができている。
鞄の中をまさぐり、折りたたみ傘が入っているのを確認して、私は席を立った。
スズナは今日、学校を休んでいる。
風邪だとかなんとか言っていたけど、どうせ雨が降っていて気分が乗らなかったのだろう。
あれほどサボるなと言ったのに。
階段を降りながら、何て言って叱ってやろうか考える。
いっそ本音を伝えてしまおうか。
寂しいから休まないでほしい。
そんなことを言ったら、きっとからかわれる。
スズナはすぐ他の人にも話してしまうし、やっぱり普通に叱ろう。
下駄箱から靴を出して、折りたたみ傘を鞄から出す。
すれ違う度クラスメイトにかけられるバイバイに笑顔で答えて校舎を出ようとした。


「ヒカリ!」


大きいジュンの声にみんなが私とジュンを見る。
恥ずかしいから無視をしようとしたら、肩をがしっと掴まれて引き戻された。
ジュンとはクラスが別れてから、殆ど会話をしたことがない。
廊下で目が合う度話し掛けようとしてくるジュンを避けていたのは私だ。


「一緒に帰ろう」

「傘、ないんでしょ」


周りに何かを悟られるのが嫌だったから。
あの二人付き合ってる、とか。
私がジュンのことを好きだ、とか。
ジュンが私のことを好きだ、とか。
実際はそんなことは何一つなくて、それなのに幼稚園の頃から私たちはからかわれ続けてきた。
ただの幼なじみなんて有り得ないとでも言うように、たくさんの噂が流されて、私の耳に入ってきた。


「ご名答」


ジュンは両手を広げて笑ってみせた。
ジュンは噂なんて知らなかったみたいだけど、私は周りの女子からダイレクトに質問をされたりもした。
ジュンのこと好きなの?好きじゃない?好きじゃないならもうジュンと口聞かないでよ。
みたいなことを毎日のように言われて、やっと一昨年クラスが離れた。
私はジュンと登下校したり一緒にいたりすることをやめた。
代わりにスズナと仲良くなって、ジュンと私の噂も聞かなくなった。
周りの女子からの嫉妬もなくなった。


「なんでわかったの?」


靴を履きながら私を見たジュンは、周りの視線を気にする様子もなく、ニコニコと笑っている。


「別に…」

「え?愛の力ー?」

「ち、がっ…!小学校の時から、傘ないと一緒に帰ろうって言ってきたでしょ!」


いつもは何も言わなくても、私達は一緒に帰るのに、傘を忘れた雨の日だけジュンはわざわざ一緒に帰ろうと声をかけてきた。


「バレてたのかあ…」


苦笑するジュンは、昔と比べて随分丸くなったような気がする。
もうちょっと攻撃的な性格だったのに。
近くにいた男子に小突かれて笑って小突き返すジュンなんか、もうまるで別人みたいだ。


「やーめーろって!よし、ヒカリ!帰ろうぜ」


校舎の外へ出て傘をさすと、ジュンが隣に入ってくる。
後ろの方からヒューヒューなんていう囃し立てる声が聞こえて恥ずかしくて死にそうになるけど、ジュンは気にしていないみたいだった。
せっかくの二年間が今日でパーだ。


「昔もよくこうやって帰ったよなー」

「うん」

「ヒューヒュー言われてさ、恥ずかしいけど誇らしい、みたいな」

「誇らしい?」

「あー…えっと、ほら!その、ヒカリをー、さ。…じめーって感じで…」

「聞こえない。なに?羽交い締め?」

「羽交い締めじゃねーって!そんなことよりさ、やっぱ迷惑だったか?」


折りたたみ傘はただでさえ小さいのに、二人も入ったら確実に濡れる。
私が傘からを肩をはみ出させても、ジュンの肩にはまだ雨が降っている。
迷惑だし、また周りにからかわれたりするんだろう。
そんなことを考えていたら、普段なら憂鬱になるはずなのに、なぜか私の気持ちは昂揚している。
昔からジュンが隣にいる時、私はこんな気持ちになった。
本音をはいて甘えてしまいたいと思った。


「別にいいよ」


でも、そうする勇気が、今の私にも昔の私にも足りていなかった。
手を繋ぎたい、頭を撫でてもらいたい、抱きしめてもらいたい、あわよくば好きだと言ってほしい。
そんな私の気持ちが周りに気付かれないかビクビクしていた。
噂がジュンの耳に入ってジュンから拒絶されるのが嫌で、ジュンから離れた。
私は臆病なんだ。


「そっか。俺は嬉しいよ」

「じゃあ、私も」

「じゃあ、俺はヒカリのことが好きだ」


私がずっとずっと必死に押さえていたことを、こんなにあっさり言うなんて、酷い。


「ジュンは私のこと、友達としてしか見てないと思う」

「あのなあ…。さっきの、羽交い締めじゃなくて独り占め。俺、ヒカリのことすごい好きなんだよ」

「信じられない」

「次そういうこと言ったらキスな」

「信じたくない」


傘をちょっと下げて、顔を隠して。
ジュンの手が肩にかかったから、目を閉じる。
瞼の暗闇の中でジュンの顔と黄色い髪が見えたような気がした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ