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□夢のような
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俺の部屋の床でいつも通りダラダラするヒカリを見ながら、やっぱり俺もベッドの上でダラダラしていた。
ちょっと、抱きしめたいなとか思っちゃったりして。
床に寝転がっているヒカリを抱きしめるには俺まで床に寝なきゃいけない。
それは嫌だ。だって、床は痛いし。


「な、ヒカリ」

「今日は私に触らないで」


ただ名前を呼んだだけなののに、いきなり触らないでなんて言われたら誰だってちょっとムッとする。
ヒカリはあくびをして、床の上で寝返りを打った。


「なんで触っちゃいけないんだ?」

「なんでも」


ヒカリはそう言ってから立ち上がった。
トイレにでも行くつもりなのだろうか。
チャンスは今しかない。
俺はヒカリの背中に抱き着いた。
その途端にヒカリの背が少し大きくなって、長い髪も短くなってしまって、顔付きもヒカリに似ているけれどヒカリじゃない誰かになってしまった。
俺はここでやっと、夢を見ていることに気付いた。
自分より高いところにある相手の目を見る。


「…あんた、誰」

「ヒカリは絶対誰にも渡さないからな」



「あっはははっ!」

「そんなに笑うなよ」


今日見た夢の話をヒカリにしたらこの有様だ。
大爆笑しているヒカリを横目に、俺は漫画を読んでいた。


「それ、ヒカルお兄ちゃんかもね」

「……は?」


聞き慣れない名前が飛び出してきて、俺は危うく漫画を落としそうになった。
ヒカリに兄がいたなんて初耳だ。


「あ、ジュンは知らないよね。私のお兄ちゃんで、随分前にカントーに行っちゃったんだ」


悔しい、と思ってしまった。
ヒカリのことは全部知っているつもりだったのに、知らないことがまだあったなんてさ。
しかもそれがヒカリの肉親のことだったなんて、ますます何も知らない自分が嫌になる。


「お兄ちゃん、元気かな…。時々手紙は来るんだけど、電話は絶対にしてこないんだ。電話すると帰りたくなっちゃうから、しないんだって手紙に書いてあって」

「…寂しい?」


ヒカリはうーんと考えてから、首を振った。


「時々会いに来てくれるから、寂しく、はないかな」


その時、ヒカリの携帯電話が鳴った。
ごめんね、と言ってからヒカリは携帯を開いて画面をまじまじと見つめた。
そんなヒカリを見ていたら俺も不安になって、携帯の画面を覗き込むとどうやら知らない番号からかかってきているみたいだった。
ヒカリはすぅと息を吸って、通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。


「もしもし……えっ、あ、本当!?わかった!すぐ行く!!……うん、うん……大丈夫だよ!え?わかってるから。はい、はい、じゃーねー」


俺の嫌な予感が当たりませんように。
ヒカリは携帯を閉じると満面の笑みで俺を見た。


「お兄ちゃん、帰って来たって!!」

「すげー(やらせ臭い)タイミングだな!」

「うん!」


ヒカリは本当に嬉しいみたいで、俺の手を握ってぴょんぴょんと跳びはねた。
こんなヒカリは滅多にお目にかかれるもんじゃない。
俺はちょっとだけヒカリの兄さんに感謝した。


「湖で待ってるから来てくれって」

「そっか。行って来いよ」

「ジュンも一緒に行こうよ」

「え、でも…」

「いいから早く!」


俺はされるがまま、ヒカリに腕を掴まれてそのまま湖まで引っ張られていった。
マジで勘弁してくれ。夢のときみたいなことを言われたら、俺きっと言い返しちゃうし。
せっかく帰ってきたのに、ヒカリにもヒカリの兄さんにも嫌な思いさせちゃうよな。


「ヒカルお兄ちゃん!!」

「ヒカリ!!」


ガバッと抱き合う二人は何も知らない俺からしたらなんだか恋人同士みたいで、ちょっと嫉妬。
髪の毛がヒカリと同じ藍色で短め、背は俺より高い。
何歳、だろう。20いってるかいってないかくらいに見える。思っていたより若かった。
あ、目もヒカリと同じ色だ。羨ましい。


「あ、お兄ちゃん。この人が、私の幼なじみで1番仲良し。ジュンっていうんだけど、覚えてる?」

「うーん、ヒカリのこと以外はみんな忘れちゃったからさ」

「え〜!お母さんのことは?」

「ちょっと忘れてた」

「お兄ちゃんってばひどいー!」


あははは、なんて笑ってる二人を見てるとここから逃げ出したくなる。
予想通り、シスコンみたいだし。まあ、気持ちはわかる。俺もヒカリが妹だったら絶対シスコンになってるだろうしな。


「お兄ちゃん恋人とかいないの?」

「んー、秘密。ヒカリは?」

「え、ジュンが彼氏だよ。さっき言ったじゃん」

「1番仲良しって言ってたよ」

「1番仲良しな人が恋人に決まってるでしょ、お兄ちゃん」


ヒカリの兄さんは不意に俺の方を見た。
ああ逃げたい。でも、ここでなるべく好印象を与えとけば俺はだいぶこの場に居やすくなる。


「初めまして、えっと、ヒカリさんの隣の家に住んでいるジュンです。あの、ヒカリさんとは少し前からお付き合いを…その、」

「こんなつまらない奴でいいのかよヒカリ」


悪印象だ俺の馬鹿!


「お兄ちゃん、ジュンの悪口はやめてよ!それにジュンはつまらなくなんてないから。多分お兄ちゃんよりもバトル強いんじゃないかな」

「へえ…じゃあ、バトルしてみる?ま、俺が勝つと思うけど」

「…そんなの、やってみなくちゃわかんないじゃないですか!」


うわ、やばい。抑えろ俺!


「なんだ、やっぱさっきのは媚び売ってただけか。じゃ、全力で来いよな」


あーあ。
ヒカリはニコニコ笑いながら頑張ってーとか言ってるし、ヒカリの兄さんはボール取り出してるし、これはやらなきゃいけないんだろうな。
……っていうか。


「すいません、ポケモン持ってきてないです」

「あ、私が取ってくるよ!私の部屋にあるよね」


ヒカリの兄さんの目つきが鋭くなって、俺はまた嫌な気分になった。
きっとヒカリの部屋に入っているというのが気に障ったのだろう。
だってお隣りさんだし恋人だし。
ああもうヒカリがいなくなってヒカリの兄さんと二人きりは辛い、辛すぎる。


「二人とも、本当に付き合ってるの?」

「はい、でも、付き合ってるっていうか、1番仲良しの方が近いです」

「へえ」

「俺、今日ヒカリの兄さんらしき人にヒカリは渡さないーみたいなことを言われる夢見たんですよ」

「正夢にならなくて良かったな」

「え、ならなくて良かったな…って?」

「俺はヒカリは渡さないなんて思ってもいないし、言ってもないだろ」

「なんか、嘘っぽいです」

「いやいや本当に。ヒカリが良いならいいんじゃない?ま、俺はバトルで勝ってもらわないと認めないけど」


ため息をつくと、ちょうどヒカリが戻ってきた。
モンスターボールが入っている俺のリュックを持って走っている。
勝ったら本当に認めてくれるんだろうか。
っていうかヒカリの兄さんはどのくらい強いんだろう。
あ、やばい。ワクワクしてきた。
思えば真剣なバトルは久しぶりだ。
肩を回して深呼吸。自分を落ちつかせる。

「じゃあ、私がジャッジやるね。レディーファイトッ!!」



「お前のゴウカザルは技構成が面白いよな」

「そういうヒカルさんのトロピウスだってすごいじゃないですか。俺、出てきたときこのトロピウスなんかヤバいなってゾクゾクしちゃいましたよ」

「お、あのトロピウスの良さをわかってくれるなんて光栄だな」


ヒカリが面白くなさそうな顔をしている。
バトルの結果は俺の勝利。でも、ヒカルさんの強さは一地方のチャンピオンくらいで、すごく苦戦した。
久しぶりに心から楽しいと思えるバトルだった。
それからずっとヒカルさんとポケモン談義に花を咲かせている。


「俺、もう少しここに残るから、二人は先に帰ってなよ」

「お兄ちゃんだけジュンを独占しててずるいよ」

「悪かったって」

「じゃあ行こう、ジュン」

「ヒカルさん、ありがとうございました」


帰る途中で、ヒカリが手を握ってきた。
その顔がすごく悲しそうで、俺はなんだかいたたまれない気持ちになった。
ずっとヒカルさんと話していたからだろうか。


「ごめんね、なんかお兄ちゃんが…」

「いや、いいって」

「あのね、お兄ちゃん多分もうあそこにいない」

「なんで?」

「ああやって先に帰ってとか言っといて、空飛んで別のとこに行っちゃうんだ」

「じゃあ、言われたときに帰らなきゃいいだろ」

「こういう時は引き止めちゃだめなの。お兄ちゃんは、ポケモントレーナーだから」

「俺らは?」

「…また旅、する?」

「え?」


ヒカリの言葉があまりにも突然すぎて俺は固まった。
最近ずっと家でのんびりしていたから、殆どニートと言っても過言じゃない状態だった。
このままじゃいけないなと薄々感づいてはいたけれど。


「お兄ちゃんどっかの地方で四天王やってるの!そこでまたチャンピオン倒そうよ!」

「ジムバッジ集めてな!」

「うん!」


そのとき空の方から探してみろよとでも言いたげなトロピウスの鳴き声が聞こえたような気がした。
 

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