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□そうだカントー行こう
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暇、だなぁ。
そう思った自分を少し嫌悪しながらも、私は暇で退屈で、何かが起こらないか期待していた。
冒険を終えて、家に帰ってきて三週間は経っただろうか。
ふとカレンダーを見る。私が出かけた日からめくられていない。
私はポケッチの日付を見てカレンダーをめくった。
家の中っていうのは、平和で、事件も起こらない夢の国のようだ。
でも、夢の国にだってずっといれば飽きる。
旅に出ていた頃は危ないこともたくさんあった。
死ぬんじゃないかと思ったことも、たくさんあった。
夢の国より、危険な無人島サバイバルの方が私の性にあってるんだろうと思う。
夢の国を飛び出して、サバイバルへと出かけようか。
カントー地方に行くのもいいかも知れない。
今度はカントーでチャンピオンを目指してみようかな。
そんなことを考えているうちにどんどん体が熱くなる。
お母さんは買い物に行っていていないから、私は置き手紙を残して家を出た。
「ヒカリ…!」
「ジュン!」
久しぶり、と私達は笑いあった。
ジュンはフロンティア制覇の為に出かけていて、今、このタイミングで会えたことに私は感激していた。
ジュンにカントーに行くと伝えた方がいいのだろうか。
いや、絶対伝えるべきだ。
「私ね、」
「うん」
「その…暇、だったから、嬉しい」
「俺もヒカリに会えてすっげー嬉しいよ!」
ジュンはあ、と声を漏らして鞄の中をゴソゴソとまさぐりはじめた。
そんなジュンを横目に、私はカントー地方に行くことを話さなければいけないと思った。でも、言えない。
「今日ヨスガでお祭りがあるって知ってるか?」
てっきりゲットしたフロンティアシンボルを見せびらかされるのかと思っていたから、私はジュンが鞄から取り出したものを見て驚いた。
しわくちゃになったヨスガ祭のチラシを笑いながらジュンは私の目の前にかざす。
「よかったら、一緒に行こうぜ!」
よかったらと一緒に行こうぜ。
昔のジュンなら一緒に行こうぜだけだっただろうから成長したんだろう。
でも、よかったら、と一緒に行こうぜを合わせて使うのはどこか不釣り合いでなんだかジュンらしい。
「何で笑ってるんだよ」
「何でもない」
「まだニヤニヤしてるぞ」
「お祭り行こうよ!」
「…ま、いっか!行こうぜ!」
ジュンに腕を掴まれて、そのままムクホークの上に乗せられる。
近い。ジュンは私の前に座ってムクホークに行き先を知らせている。
私だって空を飛べるポケモン持ってるのに。
ジュンは私の呟きなんか聞こえないみたいで、ムクホークを飛び立たせた。
私は慌ててジュンの肩を掴む。ジュンのムクホークは元気な奴みたいで、ものすごく速く飛ぶ。
私はこんな速さで飛んだことがないからジュンにひたすらしがみついていた。
「俺のムクホーク、すっげー速いだろ!」
「え、なに?聞こえない!」
風の音が酷くてジュンの声が聞こえない。
ただ、こっちを見ていたジュンがニヤリと笑ったような気がした。
顔に風がバシバシ当たって痛いし冷たい。
私はジュンの背中に顔を埋めた。
「ヒカリが好きだ!超好き!すんげー会いたかった!」
「……え、あ、あぁぁああああああっ!!!!」
私は落ちた。
ムクホークの背中の上から、真っ逆さま。
骨伝導っていう奴だろうか。ジュンにくっついたせいかジュンの言葉がハッキリ聞こえて、驚いて、手を離した。
そうしたら、こんな状況。でも、慌てない。
これくらいの危険なら何度だって乗り越えてきた。
私は素早くバッグからモンスターボールを取り出して放り投げる。
中からトゲキッスが出てきて落ちる私を背中で受け止めてくれた。
こんな衝撃にも耐えられるトゲキッスで本当に良かった。
ジュンのムクホークが凄い勢いで隣にきた。
「大丈夫かよ!」
「平気平気!トゲキッス、ありがとね」
撫でるとトゲキッスは嬉しそうに体を小刻みに震わせた。
ジュンは私においでおいでをして、トゲキッスを引っ込めるように言った。
「さっきので結構なダメージを受けてる」
私はまたジュンの後ろに乗って、トゲキッスをモンスターボールの中に戻した。
ジュンは振り返ると、私の体をきつく抱きしめた。
苦しいなんてことを言える雰囲気じゃなかったから黙っていたけど、実際すごい力で私は何度か声を漏らしそうになった。
私がう、と言った瞬間ジュンは私の体を離した。
「ごめん」
「私は大丈夫だから」
「忘れてた、この感じをさ」
「どんな?」
「大事なものを本当に失ってしまうんじゃないかって感じ」
「私はあんなのじゃ、死なないよ」
「でも俺が殺そうとしたも同然だ。聞こえたからなんだろ?」
「うん。だけど、ジュンは悪くない」
ジュンはため息をついて、ごめんとかそんな感じのことを言うとムクホークに指示を出した。
ゆっくり飛べよ。ジュンがそう言ったのを聞いて、私は二度と、どんなことがあっても落ちないようにしようと決めた。
これ以上ジュンに気を使わせるのはなんか嫌だ。
「星、綺麗だね」
私が声をかけるとジュンはムクホークの頭を軽く叩いた。多分、止まれっていう合図だったんだと思う。
ムクホークがさっきよりゆっくり飛んでくれていたおかげで私の声はジュンに届いた。
このムクホーク、あんなにジュンのこと嫌いだったのに。
私は少し嬉しくなって、ムクホークの背中を撫でた。
「俺さ、ダディを倒したんだ。でもな、世界にはもっと強いトレーナーがいる」
「うん」
「だから、カントー地方に行こうと思ってる」
一瞬耳を疑った。
偶然、というか運命というか。言い表しようのない感情が私の胸に押し寄せてきて、ジュンを抱きしめたい衝動に駆られた。
「多分一年かそこらで帰ってくるから。この綺麗な星空ともしばらくサヨナラだ」
「私も!」
「え?」
「私も行くつもりだった!カントーに!」
「っしゃあ!じゃあ一緒に行こうぜ!また二人旅の始まりだな」
「うん!」
「とりあえずヨスガに行こうぜ、多分まだ間に合うか…ら……」
鞄からポスターを取り出してポケッチの時間を確認したジュンはいきなりポスターをビリビリと破いて、ちぎられたポスターがひらひらと下に落ちていくのを私はただ見ていた。
ポケッチを見るとまだ夜の7時。お祭りが終わっている時間じゃない。
「どうしたの?」
「ごめんヒカリ…。祭は、昨日まで、だった…」
私はそれを聞いてもあまり落ち込まなかった。
ジュンと一緒なら何だっていいと思ってたし、旅を始めたらまたずっと一緒だから。
「私、気にしてないよ。お祭りなんてまたきっと行けるし。ジュンと一緒にこうやって話したりとかできればいいかなって」
「…それってどういう意味で?返答次第で俺はヒカリに多額な罰金を要求するかもしれない」
私は吹き出しそうになるのを堪えて、ジュンの明るい茶色の瞳を見た。
「好きって意味で!」
言った瞬間に抱きしめられて、私は本日二回目の幸せな痛みを感じていた。
小さな声で、ジュンが罰金100億円だと呟いたのが聞こえた。