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□障害物
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「ヒカリ!俺お前のこと倒すからな!絶対!絶対だからな!」
ふと、憎まれているのかもしれないと思った。
ジュンの目、口調、行動。その全てが私のことを憎んでいるかのようで、今までそれに気付かなかった自分に呆れた。
ジュンにとって私は厄介な障害物でしかなくて、障害物というのは越えられる為に存在している。
私は特別ポケモンバトルに力を入れているわけではないから、もう少ししたらきっと越えられてしまう。結局存在しているだけの障害物だ。
今ジュンが私を執拗に追いかけてくるのは、私がジュンの前にいるからだ。
もし越えられてしまったら。
ジュンの顔が浮かんで、私に罵声を浴びせては消えていく。
負けないでいれば、小さい障害物でなくて、壁みたいになればジュンは私を見ていてくれるだろうか。
そう、例えばジュンのお父さんのような存在になれるかもしれない。
でも結局私がなれるのは、うざったい障害物か、うざったかった障害物しかない。
ポケモンバトルがなかったら私は、ジュンにとって何なのだろうか。
とにかく、もっと強くならなきゃ。
「ヒカリ!次戦った時には俺が最強だって思い知らせてやるからな!!」
「もう戦いたくない」
「急に何言い出すんだよ。今回俺が勝ちそうになったからびびってんのか?」
「うん」
「そんな弱気になんなよ、じゃ、またな!」
あと少し。あと少しだ。もう少し強くなれば、きっと勝てる。
ダディと戦うのはそれからだ。だって幼なじみを越せないのに父親を越せるわけないからな。
でも俺がヒカリを追いかけるのをやめたら、ヒカリは俺を追いかけたりはしないだろう。
つまり会えなくなるわけで、それはそれで寂しいなんて思う。
実はこの関係が少し気に入ってる。俺が追いかけて名前を呼べばヒカリは振り向いてくれるし、戦おうって言えば戦ってくれるから。
だけど俺がヒカリに勝ったら何かが変わるんだろう。
今まで通りじゃないのは俺にもわかる。
変わるのを怖がるなんて、俺らしくないけど変わってほしくないことの一つや二つは誰にだってあるし。
でも変わらないと俺の夢は叶わない。今までの努力も水の泡。
ダディは変化を恐れる人間は成長しないって言っていた。
変化を受け入れろって。
わかった。ヒカリを倒すから、どんな変化が起こってもいい。
俺は決心したんだ。受け入れなきゃ、一生ヒカリの背中を追いかけるだけだ。
ヒカリの前に行って、ヒカリが追いかけてくれるような人間になればいい。
そうしたらヒカリに。
「ジュン、ジュン、私、」
ヒカリは自分の目元を両手で隠しながら、かすれた声を出した。
負けちゃったんだね。
ジュンは黙ったままポケモンをモンスターボールに戻して、ヒカリを見た。
ぐちゃぐちゃの心と顔を隠して、ヒカリは足に擦り寄ってくるポケモンの体温をただ感じていた。
溶けてしまいたい。
おしまいだ。次の町へ行ったらジュンが待っているのかもしれないとワクワクすることも、これからはなくなる。
「ヒカリ、ありがとうな」
ジュンは笑顔でそう言ったけれど、ヒカリには見えない。
聞いたこともないような優しい声が聞こえただけだった。
「これで告白できるし」
ヒカリは目の上に置いていた手を取って、笑っているジュンを見た。
「好きなんだ」
ざわざわと風が吹いて二人の髪と服を揺らす。
「…うそ」
震える小さい声でそう言うと、ヒカリはまた目元を両手で覆った。
告白したのにそれを否定されてカッとなったジュンはそんなヒカリの腕を掴んだ。
ヒカリの左手が目元から離れて、涙で濡れている青い瞳をジュンは見た。
ごめんと呟いてジュンは手を離した。
「でも、好きなんだ」
好きなんだよ。
好きという言葉を聞く度にヒカリの胸は苦しくなる。
好きとごめんを交互に言うジュンは、まるで好きでいることが悪いと思っているかのようだ。
ヒカリは腕で涙を拭ってジュンの体に抱き着いた。
「ポケモンバトルが弱くてもいいの…?」
「そんなの、当たり前だろ。それに今回勝てなかったら告白しないつもりだったし」
「私、どうしたらジュンにと一緒にいれるのか考えてた」
ジュンはヒカリの体に腕をまわした。
ヒカリはさっきよりきつくジュンの体を抱きしめる。
「こうすればよかったんだ」